有楽町駅前「東京交通会館」の地下には、いぶし銀な男性スタッフばかりが働くゴージャスな喫茶店がある。その名は「喫茶ローヤル」。このご時世に全席喫煙OK。紫煙の香り漂う、真の意味での“喫茶店”の姿が健在だ。
「いらっしゃいませ、どうぞ空いているお席へ」
入口に立った途端、白髪を綺麗に撫でつけた温和な声の男性スタッフが、まだ人もまばらな店内へ、恭しく案内してくれた。
アイロンがきちんとかかった清潔な白ワイシャツに、黒ズボン、黒靴。首元のネクタイは、垂れ下がって仕事の邪魔にならないようにと、あらかじめベルトの隙間に差し込まれている。きちんと律儀にネクタイを締めているところが、サラリーマンの街、有楽町の店っぽい。
全員が初老以上の男性スタッフのみで構成される独特の空間は、経験の豊富さをうかがわせる無駄のない動きと丁寧な物腰、必要以上に干渉しない接客態度が徹底されていて、思った以上に居心地がいい。スタッフというよりも、“ギャルソン”と呼びたくなるような格好よさだ。
ここは「喫茶ローヤル」。入居する「東京交通会館」の開業と同じ1965(昭和40)年にオープンした、館内の最古参店の一つだ。“同い年”の店には、最上階の「銀座スカイラウンジ」(「東京會舘」直営の回転展望レストラン)がある。どちらの店も、昭和が生んだ品のある落ち着きと豊かな寛ぎの時間を、いまも変わらず提供している。
「現在は男性スタッフばかりなのですが、当時は“美人喫茶”なんて言われて、スタッフが全員女性でした。制服も白っぽいニットワンピースのような服で、凝ったデザインのものだったんですよ」
「喫茶ローヤル」の支配人である野山弘さんが、懐かしそうに教えてくれた。
店の初代オーナーは、飲食店や娯楽施設などを手広く手がける実業家で、縁があり、この場所に喫茶店を開業したという。
「丸の内にお勤めの方が商談で使われたり、銀座でデートを楽しむ方にも使っていただいたりと、様々な用途に沿うように、一般的な街の喫茶店よりも、華やかで洒落た高級感のある内装にしたようですよ」
赤を基調とした椅子、壁にふんだんに鏡を配置して豪華さと重厚感を意識した設え、そこを雰囲気のある間接照明が照らすのは、創業当時から変わらない。
「でも、これでも照明はだいぶ明るくしたんです。皆さんだんだんお年を召してきて、“この明るさじゃ新聞が読めないよ”なんていう声もあったので(笑)」
かつては美しいウエイトレスたちが闊歩した店内を、現在はロマンスグレーの男性スタッフが行き交う。このような体制になったのは、2000年の前後のこと。前オーナーの娘さんである二代目に代替わりした頃からだという。
「やっぱり力仕事が多くてハードなのと、応募をかけても女性スタッフが集まらない時期が続いて、それならいっそ男性だけにしようということになったんです」
その際に、いまの制服スタイルに落ち着いた。頭の上から爪先まで、“お客様に不快感と威圧感を与えないこと”がモットー。長髪や坊主、パーマは禁止。ネクタイだけは自前で好きなものをつけられるという。
「スタッフそれぞれでネクタイは個性が出ますね。お客様も結構よく見ておられて、“あら、ネクタイが変わりましたね”とか、“ちょっと髪が伸びてきたね”とか、言っていただくことも多いですよ」
この日、接客してくれたあの白髪の紳士は、「季節感を意識して」と控えめに微笑みながら、遠目に紫陽花の模様に見えるネクタイを締めていた。
“そのネクタイ、素敵ですね”と気軽に声をかけられるようになるには、どのくらい通ったらいいだろう。
――つづく。
文:白井いち恵 写真:米谷享