昭和の折り目正しい接客と、華やかな空間が息づく、有楽町駅前「東京交通会館」の地下に佇む喫茶店。その名は「喫茶ローヤル」。シニア世代が白いワイシャツ姿で接客に勤しむ、その魅力の源を探った。
朝は出勤前の会社員、昼は商談客、夕方以降は銀座で夜の仕事に従事する人々、そして週末は家族連れなどで賑わう「喫茶ローヤル」。
いつ行っても賑やかな空間だが、最大の危機が訪れたことがあった。1991(平成3)年の東京都庁の移転だ。店の向かいにあった都庁が西新宿に移転したことで、店には閑古鳥が鳴くようになったという。
「それまでは、都庁の職員や都庁へ用事のある方が寄ってくださってたんですが、移転によってすっかり変わってしまいました」
「喫茶ローヤル」支配人の野山弘さんは振り返る。
以前は都内で交通会館にしかパスポートセンターがなかったこともあって、旅券の発行を待つ間、コーヒーを飲みながら時間を潰す人も多く、朝から満席続きのことも多かったという。しかしそれも、都内各所で発行が可能になると、客足も変わった。
そこで、現在の二代目社長とともに、さまざまなリニューアルに踏み切ったという野山さん。もともと、ドリンク以外はトーストなどの軽食しか提供していなかったが、女性客を意識し、ランチメニューからスイーツまで、フードメニューを充実させたのだ。
「国産米を使ったカレーやピラフなどは特に人気ですね。昔ながらのロンググラスでお出しするパフェもよく出ます。うちはこういう古い空間ですから、雰囲気を壊さない食べ物を提供しようと思ってやっています」
地道な改革が実を結び、マガジンハウスの『Hanako』に取り上げられたことがきっかけで女性客が増え、店はかつての勢いを取り戻した。さらに、近年の純喫茶ブームで雑誌で紹介される機会も多く、若者の新規客も増えている。
「みなさん、こういう空間が珍しいのか、写真を撮ってもいいですかと聞かれて、熱心に撮影していらっしゃいますよ。そういう姿を見ると、やっぱり嬉しいですね。チェーン店も増えていますが、昭和からある寛げる空間の良さっていうのも、いろんな方に知ってほしいなと思っています」
丸の内でもなく銀座でもない、その間にある街、有楽町。その良さを野山さんは、「どんな人でも受け入れてくれる、気楽さがあるところ」という。
「ここは銀座の入口ですから、入口の印象で銀座の街自体の印象も変わっちゃう部分があると思うんです。だからこそ、うちの店は、有楽町の気楽に寄れる街の良さを体現した場所でありたい。もっといろんな人が、気軽に入ってくつろげる店にしていきたいですね」
ところで、男性ばかりがきびきびと立ち働く「喫茶ローヤル」。見たところ、渋い雰囲気を醸し出す初老以上の人が多いように思うが、ひょっとして年齢のルールなどはあるのだろうか?
「うちは年齢制限はありません。唯一の条件は、調理と接客の両方の経験者であること。自然に経験豊かな人ばかりが集まって、年齢層も高めになっているんです」
野山さん自身も様々な店で飲食業の経験を積み、この店にたどり着いた。
「うちのスタッフには、もともと料理人だった人が多いんです。年齢を重ねて、忙しい厨房で大きな鍋などを振ることがきつくなってきたけど、料理の品数が限られている喫茶店の仕事だったらまだまだできるという人も多いのでね」
昼時や週末に店が混み合ってくると、ホール係も率先して厨房を手伝い、忙しい時間帯を乗り切る。100席近い空間を常時5名のスタッフで切り盛りしているため、いちいち説明しなくても、そのときどきで必要な仕事を自分から率先して見つけられる力量と経験が求められるからだ。
現在、スタッフは8名。「うちは、体が動けば何歳でも大歓迎」とのことで、最年長は御歳73の野山さん、いちばん若くて50代だという。
定休日は元日のみ。初代オーナーの信念で、とにかく清掃は徹底的にする。毎朝の掃除はもちろん、営業時間が短縮される週末も開店前はみっちり掃除の時間に充てられる。さらに厨房も接客もこなさなくてはならないという、なかなかハードな現場だ。
「みんな、一度入るとなかなか辞めないんですよ(笑)。いちばん長い人で20年近くいるかな。うちの社長は、掃除や身だしなみには厳しいけれど、とても愛情深くて、社員を大切にしてくれる人なんです。先代の頃からそうでした。だから、みんな居心地がいいんだと思うんですよね」
ふっと、社長への愛が溢れる野山さん。裏方として店には出ないが、時折、店を訪れるという二代目オーナー。店を現在のスタイルに変え、その人気と評判を牽引してきたという女性社長は、きっとこの店のいちばんのファンなのだろう。素敵なおじさまスタッフを束ねているのは、どうやらさらに懐の深い“ゴッドマザー”のようだ。
文:白井いち恵 写真:米谷享