個の力で生い茂る雑草に立ち向かってみたものの、早々に白旗。まったく歯が立ちません。草刈りは、やっぱり機械ですよ、機械。草払いマシーンを手にした瞬間、血が滾り、どんより見えていた景色がクリアになった気がしたのも、束の間……。
草刈りの秘密兵器は見たこともない大きな鎌だった。柄の長さは1mを超えるだろう。刃もこれまで使っていた鎌の倍ほどはありそう。見るからに頼もしい。
実演してくれた使い方も、見かけどおり豪快そのものだった。両手で柄を持ち、刃を右から左へ大きく振って、草を一気にバッサリと刈っていく。ひと振りでこれまでの3倍は刈れそうだ。
ぼくもすぐに試してみた。体を軸にして遠心力を利用するのがコツだ。「これなら楽だな」。さっきの小さい鎌を使うときは、田植えと同じく腰をぐっと折った前傾姿勢になり、それだけで息苦しさを覚えたが、この大鎌は体を起こしたまま作業できる。両手で柄を握るので、指の痛みも少しは軽くなるだろう。
ちょっと試しに使ってみるはずだったが、バッサ、バッサとたくさんの草が刈れるので、いつの間にか、本格的な作業に入っていた。いったん体内のスイッチが入ると、もう止まらないという感じ。体が自然に動いていく。バッサ、バッサとリズミカルに歩が進む。しかしそれもつかのま、10分ほどでパタリと体が動かなくなった。ハアー、ハアーと息が上がり、腕が痛い。
そんなぼくの様子をうかがっていたのか、背後から「ビーバーを使いましょう」と、声がかかった。
でも、ビーバーって?
川に大きな巣をつくるあのホ乳類?
現地スタッフの竹中想さんが手にしているのはエンジン付きの草払機だ。ビーバーとはブランド名だが、ここでは草払機の代名詞になっているという。ビーバーのようによく働くという意味だろうか。指示に従ってスターターのヒモを引くと、ブルンッと円盤の刃が回り始めた。そう、これですよ、21世紀なんだから、やっぱり文明の利器を使わないとね。
そのまま本体についたベルトを肩にかけてビーバーを持ち上げる。回転をコントロールするレバーを握りしめると、グオーンというけたたましい音で刃が勢いよくまわり始めた。たちまち轟音のバリヤーにぼくはすっぽり包まれた。
草をひと払いすると、たちまち地肌が顔を出した。なんという優れものだ。ぼくはこのマシーンの虜になった。草を払う。ムッとするような草の匂いが立ちのぼる。それがエンジンが焼けたようなオイルの臭いと混じって、鼻から脳天を刺激する。グオーン、グオン、グオーンとバイクをふかす若者のようだ。命の危険を察知した虫たちがピョンピョン跳ねながら逃げていく。人間による草と虫の小さな殺戮がつづく……。
突然、回転音が小さくなった。ガタ、ガタ、ブシュン。いつの間にか駆けつけてくれた竹中さんが「油切れですね。ふだんは、これを合図に休憩します」と教えてくれた。
夢中で刈っていたせいで、時間がたつのも忘れていたのだ。エンジンを切っても、まだ耳の奥にエンジン音が小さく居残っている。おまけに両手がジンジンと痛い。手の毛細血管すべてに電気が通ったみたいに震えている。
「今日の草刈りで、だいぶきれいになりましたね?」と、聞いてみた。しかしそばにいた竹中さんはただひと言「いえ、ぜんぜん」。ぜんぜんってことないでしょ!ぼくは一番広い畦をきれいにしたのだ。
しかしその「ぜんぜん」は、まったく正しかった。竹中さんはまだ日があるうちにと、ビーバーにオイルを注入すると、人の背丈ほどもある草地のほうへ向かった。
えっ、あそこもやるの?
どういうこと?
つまりこういうことだった。これまで刈ったのはたくさんある畦のまだ一部。しかも田んぼと斜めに接する「のり面」は手つかずだった。さらに重要なのは水路周辺だ。ここもきれいに刈り取る必要がある。水路あたりの雑草の伸びぐあいは半端ではない。あそこにどうやって切りこんでいけるか、ぼくには想像すらできない。
本日の作業で得た結論は次のとおり。
平地の田んぼと違って山間地の棚田は、当然、山が迫ったところにつくられている。それだけ雑草、害虫の脅威は強い。そこで農薬を使わずに米をつくるということは、とてつもない労力がいるのだ。
午後5時、ぼくらは作業を早仕舞いすることにした。というより、もうこれ以上は体力的に無理でした。疲労はマックス。
田んぼからの帰り道、つらつらと考えた。なぜ、田植えは楽しかったのに、草刈りはこうも辛いのか?作業時間は田植えより草刈りのほうがだいぶ短かったのに。
かつて日本の田植えでは、たいした労力にならない小さな子どもたちも、みんな田んぼに呼び集められた。畦で遊んでいる子どもたちの声が田の中まで届いた。それがいいのだという。大勢の人たちの一体感があふれるチームワークの田植えに比べて、草刈りはとっても孤独な仕事だ。ビーバーの轟音の重圧の中にいると、人の声も鳥の声もいっさい聞こえなくなる。これがよくない。今度、草刈りをする機会があればヘッドフォンで音楽でも聴きながらやろう。ビバルディの『四季』でも流して、華麗に、優雅に働こう。もしかすると、農家の人の中には、ヘッドフォンで音楽を聴きながら野良仕事をする人もいるんだろうか。
そんなことを考えていると、天使の声が耳元でささやいた。「温泉につかりましょう」。疲労困憊した表情を見せる、dancyu web編集長の江部拓弥さんだった。
――つづく。
文:藤原智美 写真:阪本勇