イタタタ。上の写真はそんな感じで腰を押さえているのではありません。5月に田植えを終えた田んぼを44日振りに訪れて、びっくり。農薬を使わないだけあって、雑草がわがもの顔であちこちに。さっそく、草刈り、というのが上の写真です。
トンネルを抜けるとそこは田んぼの町だった。
ほどなくして、汽車(ほんとうは電車だが新潟ではみんなこの呼び方だとか)は、ほくほく線のまつだい駅に到着した。
7月8日、降りたったホームは、緑の香りに包まれていた。久しぶりのおいしい空気を胸いっぱいに吸いこむ。時刻は午後3時、車窓から眺めた田んぼには人影がまったくなかった。田植えや収穫期以外、農家が田んぼに出るのは、朝5時や6時などの早朝と、日射しがおだやかになった夕方近くからだという。
「まっ昼間に野良仕事する人なんていません」とは、出迎えてくれた現地スタッフの竹中想さん。たしかに炎天下で、しかも日を遮るものが何もない田んぼでは、肉体を酷使するのは自殺行為だな。ましてや農家は毎日なわけだからね。
「今年は思いのほか涼しいので、すぐに田んぼに入りましょうか」
竹中さんの言葉にぼくは飛びついた。5月の田植えのときは、30度を超える真夏日だった。それに比べると、いまは25度程度。これなら楽勝だ。dancyuのweb編集長の江部拓弥さん、写真を撮ってくれる阪本勇さんと一緒に、さっそく長靴に履き替えた。ぼくらだけではとてもとても手が回らないだろうと、今回は現地スタッフの淺井忠博さんも草取りに加わってくれることになった。
全員で棚田に向かう。目印は山肌に棚田を見守るように高くそびえ立つ赤い巨大なトンボだ。駅のホームからも見えるちょっとしたランドマーク的存在のアート作品。それがだんだん大きくなっていくとともに、ぼくの足も速くなっていく。田植えの成果を早くこの目で見たい!期待に胸がふくらむ……。
おお、やったじゃないか。田んぼの景色が一変していた。田植えのときは水面からほんの少し顔をだす程度だった苗が、もう30cm、40cmと伸びていて、まるで緑の絨毯だ。「育っているぞ!」とぼくは声をあげた。が、よくよく近寄って見ると、驚くべき実態が明らかに。
苗と苗との間には素人目にもわかるさまざまな雑草が繁茂している。遠目には緑の絨毯のように見えたが、それは雑草のせいだったのだ。これが農薬を使わない田んぼの残酷な現実か。
「藤原さん、草取りを始める前から、もう肩が落ちている。疲れ果てた感じですね」と背後から阪本さんの声。落胆が肩に出ているのだろう。気を取り直し一番奥の、シート植えした田んぼにむかった。紙マルチで日光を遮断したので、雑草はかなり撃退できているはずだが……。
さすがに紙マルチの威力は凄かった!苗と苗の間に水面がしっかり顔をだしている。雑草がほとんど見あたらない。これはいいぞ、と喜んだの束の間、「あぁ、ここはひどいですね」と、江部さんの声。
指さすほうに目を向けると、苗の列の間が50cm、60cmとあいている。植えつけに夢中でシートとシートの間にできてしまった隙間、空白の部分だ。田植えのときに、そこも後からシートで「つぎはぎ」して覆っていたおかげで雑草は顔をだしてないが、見まわすと、そんなムダな隙間が何ヶ所もある。マヌケとは間が抜けること。こんなマヌケな田んぼは見たことがない。がっくりである。
「悪くはないですよ」と、竹中さんが慰めてくれた。「悪くはない」というのは素人が植えたにしては、という条件付きの評価だ。農家のように田んぼ一枚あたりの収穫量を気にしなければ、生育そのものに問題はない。そう聞いて、少し気持を立て直し、ともかく田んぼのなかの雑草に立ち向かうことにした。
しかし、一番雑草が繁茂する田んぼに入田しようとすると、慌ててスタッフさんたちに止められた。「どうして?」と聞くと、「まず草刈りが先」だという。田んぼの雑草を取り除く作業は「草取り」。畦など田んぼの周囲の雑草を刈りとるのは「草刈り」だという。畦の雑草など放っておいてもよさそうだが、これが田んぼの雑草や害虫の発生源になるらしい。
そういえば、車窓から眺めた田んぼの畦は、どこも見事に草刈りが進んでいて、まるで野球場の芝のようになっていたな。しかしこの棚田の畦は、どこも草が伸び放題になっている。それにしても、これを全部刈るのかい?今回の作業日程は今日の夕方までと、明日の午前中のみ。素人目には一週間かけてもとても終わりそうにないのだが。
そんな不安をよそに竹中さんは、鎌を一丁ぼくに持たせた。田舎でおじいちゃん、おばあちゃんが、片手でてきぱき草刈りしている光景が目に浮かぶような、あのオーソドックスな鎌だ。さっそくそれを片手にとって、足下の草から刈り始めた。
が、まったくうまくいかない。刃先が土にめりこんだり、空を切ったり。コツを聞くと、水平に勢いよく払うように刈るのだという。その際、使わない左手は腰に当てて、ケガしないように注意する。畦の草刈りの基本は前に進むこと。後ろに下がると、窪みなどに足がはまって転んだりするからだ。この方法で作業をなんとか始めることはできた。しかし、たった3mほど進んだところで、もう手が止まってしまった。息が切れ、額から汗が吹き出し、鎌を握った右手の指が痛い!
これでは、お先真っ暗だ。逃げ帰るしかないか、と後悔し始めると、ある秘密兵器が登場した。それを目にしたぼくは、思わず「おお!」と声をあげたのだった。
――つづく。
文:藤原智美 写真:阪本勇