米をつくるということ。
雑草に負けてたまるか|米をつくるということ⑨

雑草に負けてたまるか|米をつくるということ⑨

イタタタ。上の写真はそんな感じで腰を押さえているのではありません。5月に田植えを終えた田んぼを44日振りに訪れて、びっくり。農薬を使わないだけあって、雑草がわがもの顔であちこちに。さっそく、草刈り、というのが上の写真です。

日中は田んぼに出ません。

トンネルを抜けるとそこは田んぼの町だった。
ほどなくして、汽車(ほんとうは電車だが新潟ではみんなこの呼び方だとか)は、ほくほく線のまつだい駅に到着した。

六日町駅と犀潟駅を結ぶ、ほくほく線。全12駅の中で異彩を放つのが美佐島駅。地下10m以上の場所=トンネル内にホームがある。到着しても真っ暗。
六日町駅と犀潟駅を結ぶ、ほくほく線。全12駅の中で異彩を放つのが美佐島駅。地下10m以上の場所=トンネル内にホームがある。到着しても真っ暗。
はるばるきたぜ、まつだいへ。とは言ってみたけれど、東京駅からは2時間ちょっと。ささっときたぜ、まつだいへ、かな。
はるばるきたぜ、まつだいへ。とは言ってみたけれど、東京駅からは2時間ちょっと。ささっときたぜ、まつだいへ、かな。

7月8日、降りたったホームは、緑の香りに包まれていた。久しぶりのおいしい空気を胸いっぱいに吸いこむ。時刻は午後3時、車窓から眺めた田んぼには人影がまったくなかった。田植えや収穫期以外、農家が田んぼに出るのは、朝5時や6時などの早朝と、日射しがおだやかになった夕方近くからだという。
「まっ昼間に野良仕事する人なんていません」とは、出迎えてくれた現地スタッフの竹中想さん。たしかに炎天下で、しかも日を遮るものが何もない田んぼでは、肉体を酷使するのは自殺行為だな。ましてや農家は毎日なわけだからね。

「今年は思いのほか涼しいので、すぐに田んぼに入りましょうか」
竹中さんの言葉にぼくは飛びついた。5月の田植えのときは、30度を超える真夏日だった。それに比べると、いまは25度程度。これなら楽勝だ。dancyuのweb編集長の江部拓弥さん、写真を撮ってくれる阪本勇さんと一緒に、さっそく長靴に履き替えた。ぼくらだけではとてもとても手が回らないだろうと、今回は現地スタッフの淺井忠博さんも草取りに加わってくれることになった。
全員で棚田に向かう。目印は山肌に棚田を見守るように高くそびえ立つ赤い巨大なトンボだ。駅のホームからも見えるちょっとしたランドマーク的存在のアート作品。それがだんだん大きくなっていくとともに、ぼくの足も速くなっていく。田植えの成果を早くこの目で見たい!期待に胸がふくらむ……。

棚田へと向かう途中、ロシアのアーティストであるイリヤ&エミリア・エリコフさんの作品「棚田」が目に飛び込んでくる。
棚田へと向かう途中、ロシアのアーティストであるイリヤ&エミリア・エリコフさんの作品「棚田」が目に飛び込んでくる。

おお、やったじゃないか。田んぼの景色が一変していた。田植えのときは水面からほんの少し顔をだす程度だった苗が、もう30cm、40cmと伸びていて、まるで緑の絨毯だ。「育っているぞ!」とぼくは声をあげた。が、よくよく近寄って見ると、驚くべき実態が明らかに。

1ヶ月ちょっと前、みんなでおいしいお昼ごはんを食べた場所には、ふさふさと緑の雑草たちが生い茂っていた。
1ヶ月ちょっと前、みんなでおいしいお昼ごはんを食べた場所には、ふさふさと緑の雑草たちが生い茂っていた。

苗と苗との間には素人目にもわかるさまざまな雑草が繁茂している。遠目には緑の絨毯のように見えたが、それは雑草のせいだったのだ。これが農薬を使わない田んぼの残酷な現実か。
「藤原さん、草取りを始める前から、もう肩が落ちている。疲れ果てた感じですね」と背後から阪本さんの声。落胆が肩に出ているのだろう。気を取り直し一番奥の、シート植えした田んぼにむかった。紙マルチで日光を遮断したので、雑草はかなり撃退できているはずだが……。

苗と苗の間に、見慣れない草たちがびっしり。なんと、地面が見えないほど。これは手強い。
苗と苗の間に、見慣れない草たちがびっしり。なんと、地面が見えないほど。これは手強い。

さすがに紙マルチの威力は凄かった!苗と苗の間に水面がしっかり顔をだしている。雑草がほとんど見あたらない。これはいいぞ、と喜んだの束の間、「あぁ、ここはひどいですね」と、江部さんの声。

草刈りと草取りは違うのだ。

5月25日。田植えのときは、こんな感じ。
5月25日。田植えのときは、こんな感じ。
7月8日。苗はこんなに大きくなりました。
7月8日。苗はこんなに大きくなりました。

指さすほうに目を向けると、苗の列の間が50cm、60cmとあいている。植えつけに夢中でシートとシートの間にできてしまった隙間、空白の部分だ。田植えのときに、そこも後からシートで「つぎはぎ」して覆っていたおかげで雑草は顔をだしてないが、見まわすと、そんなムダな隙間が何ヶ所もある。マヌケとは間が抜けること。こんなマヌケな田んぼは見たことがない。がっくりである。

えぇぇえええぇえ。思わず、声が出た田んぼの姿。きちんと植えたと思っていたけれど、見事に歯抜け状態。
えぇぇえええぇえ。思わず、声が出た田んぼの姿。きちんと植えたと思っていたけれど、見事に歯抜け状態。

「悪くはないですよ」と、竹中さんが慰めてくれた。「悪くはない」というのは素人が植えたにしては、という条件付きの評価だ。農家のように田んぼ一枚あたりの収穫量を気にしなければ、生育そのものに問題はない。そう聞いて、少し気持を立て直し、ともかく田んぼのなかの雑草に立ち向かうことにした。
しかし、一番雑草が繁茂する田んぼに入田しようとすると、慌ててスタッフさんたちに止められた。「どうして?」と聞くと、「まず草刈りが先」だという。田んぼの雑草を取り除く作業は「草取り」。畦など田んぼの周囲の雑草を刈りとるのは「草刈り」だという。畦の雑草など放っておいてもよさそうだが、これが田んぼの雑草や害虫の発生源になるらしい。

畦の雑草は膝まで伸びていたりして、その成長力にびっくり。緑の絨毯などと呑気なことを言ってられないなぁ。
畦の雑草は膝まで伸びていたりして、その成長力にびっくり。緑の絨毯などと呑気なことを言ってられないなぁ。

そういえば、車窓から眺めた田んぼの畦は、どこも見事に草刈りが進んでいて、まるで野球場の芝のようになっていたな。しかしこの棚田の畦は、どこも草が伸び放題になっている。それにしても、これを全部刈るのかい?今回の作業日程は今日の夕方までと、明日の午前中のみ。素人目には一週間かけてもとても終わりそうにないのだが。
そんな不安をよそに竹中さんは、鎌を一丁ぼくに持たせた。田舎でおじいちゃん、おばあちゃんが、片手でてきぱき草刈りしている光景が目に浮かぶような、あのオーソドックスな鎌だ。さっそくそれを片手にとって、足下の草から刈り始めた。

隣の芝生は青いとはよく言ったもので、隣の田んぼを見れば、きれいに並んだ苗、雑草の気配もない畦に唖然。
隣の芝生は青いとはよく言ったもので、隣の田んぼを見れば、きれいに並んだ苗、雑草の気配もない畦に唖然。

が、まったくうまくいかない。刃先が土にめりこんだり、空を切ったり。コツを聞くと、水平に勢いよく払うように刈るのだという。その際、使わない左手は腰に当てて、ケガしないように注意する。畦の草刈りの基本は前に進むこと。後ろに下がると、窪みなどに足がはまって転んだりするからだ。この方法で作業をなんとか始めることはできた。しかし、たった3mほど進んだところで、もう手が止まってしまった。息が切れ、額から汗が吹き出し、鎌を握った右手の指が痛い!

教えられたことを忠実に守って草刈りに励む藤原智美さん。鎌を持たない手は危ないから、しっかりと後ろにね。
教えられたことを忠実に守って草刈りに励む藤原智美さん。鎌を持たない手は危ないから、しっかりと後ろにね。

これでは、お先真っ暗だ。逃げ帰るしかないか、と後悔し始めると、ある秘密兵器が登場した。それを目にしたぼくは、思わず「おお!」と声をあげたのだった。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)などがある。最新刊は『この先をどう生きるか』(文藝春秋)。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。