埼玉県・蕨にあるやきとんの名店は、年季の入った迫力のある佇まいに対してとってもアットホームだった。やきとん以外のツマミも旨い、旨い。ビール大瓶が空き、ホッピー&キンミヤが空く。そして、最後の最後の〆は?
「ビール、もう1本ください」
シュポン!と音がして、冷え冷えの大瓶が出てくる。そして、カウンターの上にどんと置かれた。
2本目のビールをコップに注ぎながら、見慣れた店内を見渡す。Uの字のカウンターには、常連さんとおぼしき姿がある。中には私と同じく、開店と同時に入った人もいる。お勤めがお近くなのだろうか。仕事上りに、ここで最初の1杯は、旨いだろうなと想像する。我が家の近くにも、素晴らしいもつ焼き屋があって、仕事に片を付けて、夕方早くからその店の暖簾をくぐるのは、最高の贅沢だと思っている。
鳥皮ポン酢を追加して、酸味と鶏と大瓶ビールの相性に感嘆しながら、さて、ふたたび、何か焼いてもらおうと、品書きを見る。
かしらの21世紀ダレと、うずらをもらうことにした。
うずらのホクホク感を楽しみ、かしらの21世紀ダレを、ああ、この味、この味と、納得しながら味わう。生姜を使ったタレは、みそ焼きのタレよりも少しさっぱりとしていて、軽く、これもまた、抜群だ。
「なんか新しいものをやろうということで、21世紀ダレにしたんですよ。そろそろ、令和ダレもつくりましょうか」
石塚さんはそう言って笑う。
ほどなくして店内は客で混みあってくる。
ここで、ビールからホッピーに切り替える。店ではキンミヤのミニボトルを置いている。たしかこれは、300ml入り。飲み切りサイズだ。
同行の2人はこの店が初めてだから、出るもの出るもの、軽く驚いているようなのだけれど、ここで、名物をひとつ紹介することにした。
「とり豆富」と名付けられた料理は丼を満たす、鶏のスープだ。というより、鶏の鍋という感じでもある。鶏肉と皮と三つ葉とネギが、味わい深い鶏スープに浮き沈みしているのだが、そのさらに下のほうから豆腐が顔を出すと、なんとも幸福な気分になってくる。
もちろん〆にもいいけれど、酒の途中の汁ものは、お吸い物にしろ中華スープにしろ、大変旨いものだと平素から思っていたし、この店に来てとり豆富を頼まないことはないから、つい夢中になる。初めて味わう同行者の感想も聞かず、ずるずると汁をすすり、鶏と豆腐を口に運ぶ。
こうして、ちょっとした気分の転換をしたら、再度、串へもどる。今度は、上シロのタレ焼だ。
みそダレではなく、甘辛のタレでいただく。まずはそのまま、タレの甘さと深さを確かめるようにシロを齧り、ホッピーをひと口飲んで息を吐き、それから、皿の角に七味を盛って、そこにシロをちょんちょんと軽く付けながらいただく。タレと七味の合間から、シロモツが軽く香る。これは、焼酎に合う。この濃厚さ、脂の感じ、それから強い味わいが、焼酎に合うのです。
さて、そろそろ〆か。そんな頃合いになって、ネギとニンニクを焼いてもらった。
ネギを齧り、ニンニクを齧り、ホッピーを飲む。
最後の最後は、焼きおにぎり。俵型で串にさしてあり、炭火の焼き台で焼いてくれる、焼きおにぎり。表面はかりかり、口に含めば香ばしい。
はあ、喰った、喰った。まだまだ名残り惜しいが、飲み喰い済んだらさっさと席を立つのも人気店を訪ねるときの心遣い。
それができなきゃマナー違反だなどと目くじら立てるつもりは毛頭ないが、できるといいなと思える心配りというものでしょう。
埼玉・蕨「㐂よし」 了
文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎