今夜は、頻繁には通えないけれど、いつも心にあるやきとんの名店へ。向かったのは、埼玉県の蕨(「わらび」と読みます)。特製のみそダレに醤油ベースのタレ。そして21世紀タレなるものも。暖簾の先にはどんな世界が待っているのでしょうか?
頻々と通うお馴染みでもないし、ましてや常連でもない。
けれど、その店に深い愛着をもっていて、時に足を運びたくなる。いや、ことあるごとに行きたいな、と思いながら、叶えられず、結局のところ、年に1、2度行くのが精一杯。
そういう店が、私には何軒かあります。
愛着を持つ、とは、言い換えれば相性がいいということであり、もっとも平たく言うと、忘れない店ということになるでしょうか。
さてさて、このたびは、そういう1軒を訪ねるために、埼玉県は蕨に来たのです。
京浜東北線の改札を出て階段を下りて東口へ出る。そこから、ほんの2~3分のところに、目当ての店「㐂よし」はあります。
引き戸をあけて、店へ入ると、Uの字のカウンターがある。入口を背にして5人、詰めれば6人ほど座れるカウンターに向かって焼き台が設えられ、二代目店主の石塚裕一さんがそこに立つ。
開店は5時。焼き台の炭もほどよく熾きて準備万端、整っている。
「瓶ビールと、みそ焼き1人前。全部、かしらで」
「はいよ」
シュポンと小気味のいい音をさせて、ビールの栓が抜かれる。コップの冷たいビールをひと口やって、ふーっとひとつ、大きく息を吐く。
ああ、今日もビールが旨い。毎度毎度の感想だが、我ながら、なんとも他愛ない。でも、これでいいと思うことにしている。難しい顔して飲んでもつまらないし、酒の好みなど、一度決まってしまえば、そうそう変わるものでもない。
みそ焼きは、特製のみそダレにつけて焼く。考案したのはこの店の初代店主。今、石塚さんと一緒に店を切り回す奥さんのお父さんだ。同じ埼玉県の東松山もやきとんのみそ焼きが有名だが、東松山のは、少し硬めの辛みそを皿に取り、串のかしらをそれにつけながら食べる。一方の「㐂よし」のタレは、通常のやきとりのタレのように壺に入っていて、東松山の辛みそよりもっとゆるく、串をそのみそダレにつけてから焼くのだ。
味わいはじんわりと甘く、深みがある。酒やニンニク、ザラメなども調合するのか。あれこれ想像してみるが、料理下手の想像力にはおのずから限界もあるし、実は、そんなことはどうでもいい。この旨さだよ、と、納得できればそれがなによりの幸福だ。
毎日、売り切れ必至のマカロニサラダをもらう。これをつまみ、ビールを飲み、みそ焼きをまた1本。旨いな。やっぱり……。私は東京の西の方に住んでいますが、この瞬間、京浜東北線に乗って東京と埼玉の県境を越えてやって来てよかったと、またまた他愛なく、思うのです。
ぬか床50年!おしんこ。と壁の品書きにある。みそ焼きのかしらの合いの手に最高であることを知っているから、迷わず頼む。
ポリポリと齧れば適度な酸味が口の中をさっぱりさせてくれる。
なにより、漬かり具合がちょうどいい。
最初にみそ焼きを頼んでおいて順番が逆なような気もするが、この時点になって、ようやく一息ついて、冷奴からやり直しにかかる。久しぶりに来て興奮気味であった気分を沈めにかかるのである。
――明日につづく。
文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎