夏の白身の醍醐味は、かれいだけにあらず。鯵の名が付いていながら青魚とは異なる縞鯵、鮨屋で出会うことが珍しいすずき。「㐂寿司」ならではの夏の美味を味わう。
東京の鮨屋の夏。白身は星かれいだけではない。
市場では「マコ」の名前で通っている、まこがれい。星かれいに比べると入荷量が多く、一般的に「かれい」と言えばまこがれいを指す場合が多い。同じかれいでも「星」がいいか「マコ」がいいか。よほど食べ慣れていないと、その味の差を判別するのは難しい。
ただ歯ざわりがしっかりしていて、星に比べるとマコは少し香りがある。もちろん、鮨種にしても十分旨いが、夏は「薄造り」にして楽しむのもいい。柑橘の酸味を加えたポン酢醤油を合わせる店もある。
「㐂寿司」では「星」が中心で「マコ」は普段は使わないと番頭の山岸利光さんは言う。
「常磐のいい品物が入荷しなくなって、めっきり使う機会が減りました。星に比べるとマコは、水っぽいので身が緩むのも早いんです。おろして、せいぜい翌日。その次の日となるとブクと言って、身が柔らかくなって使い物にならない。その点、星は日持ちもいいし歩留まりがいい。何しろ白身の王様ですから」
縞鯵(しまあじ)という魚は、鯵という名前こそ付いているが、そもそもすずきの仲間だ。八丈島や三宅島などの島周りでとれることから、その名前が付いた。
大物になると5kgオーバーにもなるが、「㐂寿司」で仕入れるのはせいぜい1kgから2kgのサイズ。世間に出回る縞鯵のほとんどは養殖で、口に含むとやたら濃厚な脂が乗っている。
一方、天然の縞鯵は思わず目を見開くようなガツンとした旨さがある。それでいて、その脂は口の中でサッと切れるので、ついもうひとつと、思わず箸が進んでしまう。「夏のブリ」と言う人がいるのも納得できる。
四代目の油井一浩さんは言う。
「夏場の縞鯵は、青魚の鯵と白身の中間のような赤味を帯びた白身なんです。この時期は脂が乗って、その脂がとても上品で食べ飽きない。握りや刺身はもちろん、カマの部分を塩焼きにしてもいいですね」
初夏、「㐂寿司」の品書きに「すずき」の木札が登場する。
江戸時代、東京湾の最奥部、千葉の船橋で獲れたすずきは、初夏のご馳走だった。
淡水と海水が入り混じる汽水域に生息するすずきは、その身を口に入れた途端、独特のクセを感じる場合がある。だからこそ、古くから食べ方は削ぎ切りにした身を、サッと氷水に落とし、酢味噌で味わう「洗い」が好まれた。
すずきは出世魚として知られ、成長するに従い名前が変わる。関東では「セイゴ」「フッコ」「スズキ」と呼ばれるが、「㐂寿司」で鮨種として握るのはフッコよりも少し大きな型だそうだ。
「これ以上、大きくなると身が荒れるというか、ちっとも旨くないんです。うちでは大旦那(「㐂寿司」の二代目)の時代から、鮨種としてすずきを使っていました。かれいよりも淡白で、身質が柔らかい。噛みしめるうちに、ほんのり鯛に似た甘味が出てくるんです」
いつ頃から鮨種として使われていたのかは定かではないが、今から30年ほど前、山岸さんが大旦那の元で修業を始めた頃は、すでにすずきを使っていたという。
ひと口に夏の白身と言っても、奥が深い。
江戸前の鮨屋には、迷ったら白身から頼めという言葉がある。自分が好きなように、自由気ままに頼めるのも「㐂寿司」の愉しみだが、白身から始めて赤身、光り物、煮物と食べ進めるにつけ濃くなってゆく、江戸前の味の変化を愉しむには、白身から始めるのは真っ当だと言える。
そう、注文に困ったら、こう尋ねるといい。
季節の白身から初めてもらえますか――と。
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿