みんなの町鮨
「すし処 新田中」東京都目黒区|第六貫(前篇)
外観 外観

「すし処 新田中」東京都目黒区|第六貫(前篇)

大阪の阪神タイガースか、都立大学の「新田中」か。地元支持率がハンパない町鮨は、鮨職人の握るお鮨が、単品のほか70分食べ放題。父と娘、息子、3人の握り手が夜は17時半~深夜2時まで(食べ放題は24時半まで)ノンストップで握り続ける。何を食べても、何度おかわりしてもフリーダム!こんな熱い鮨天国に連れて行ってくれたのは、お洒落さんにして大衆酒場好きな、美容師の山本リエコさん。

案内人

山本リエコ

山本リエコ

東京・青山のヘアサロン「TWIGGY.(ツィギー)」ヘアスタイリスト。生まれも育ちも新潟・長岡。寺泊港に揚がる日本海の魚と、新潟のお米を食べて育つ。美容師歴20年。2006年よりイギリス・ロンドンへ渡り、ショーやコレクションに参加、2009年に帰国。現在は、雑誌・広告・コレクションなど幅広く活動。というご経歴を今回初めて知ったイカワ。どおりでカットするにも1ヶ月待ちなわけだ!

訊くほどに、謎深まるぞ、「新田中」。

美容院で白いケープを首に巻いた私は、丸顔がさらに完全な円に近くなるなぁ。なんてことを改めて確認しつつ、髪の毛をちょきちょき切ってくれている山本リエコさんに、ふと訊ねた。
「山本さんは、好きな町鮨ってありますか?」
「町鮨ですか?」
「値段も予約もあまり気にせず気軽に行ける、町のお鮨屋です」
「なら、ありますね(きっぱり)」
やはり。

彼女ならきっと、自分の町鮨を持っているに違いないとにらんでいたのだ。

もう5年以上担当してくれている美容師の山本さんに、なんだか大衆酒場や商店街の匂いがすると気づいたのは、不覚にもごく最近である。

青山の路地に建つ、ロンドンでボタニカルでオーガニックなヘアサロン。彼女はここで、予約1ヶ月待ちという売れっ子だ。

なのにというか、ちょくちょくこぼれ出る食べものの話しはヴィーガンフードやナチュラルワインではなく、渋谷の焼鳥屋や武蔵小山のもつ焼き屋、新橋ビルの地下にある立ち飲み屋であり、呑んでいるのはハイボール。
気楽がいちばん、安心して呑み食べするのがいちばんおいしい。
そして気に入った店には大体リピートする。ただしあまり詰め過ぎず、ときどき思い出したようにふらっと訪ねる間隔がベストだと言う。

「まだ常連っていうほどではないけど、都立大学の『新田中』はやばいです」
え、何がやばいの?
訊ねると、「芽葱」というエッジの効いた答えが返ってきた。
「魚介がおいしいのはもちろんなんだけど、でも、芽葱は初めての衝撃だったなぁ。あと、食べ放題なんですけどね、好きなものを普通に握ってもらえるんですよ」
普通に握って食べ放題……?
いや、そもそもどうして「田中」に「新」がついてるの?
訊くほどに謎が深まる「新田中」、これはもう、連れてってもらうしかないでしょう。

提灯

大阪の阪神ファンみたいな地元支持率。

山本さんのスケジュールを1ヶ月後に押さえ、「すし処 新田中」に電話をすると、数日後の21時に席が取れた。
当日、「遅めの時間だから、食前酒を軽く一杯」と都立大学のワインバーで待ち合わせ。現れた彼女はカッコいい黒のベレー帽に黒縁眼鏡、なのにこれまた、なぜかいただきものの茹で筍を大量に持って現れた。
「『新田中』の日なのに、お昼もうっかり筍ごはんを食べちゃった」という彼女は、大のごはん好きらしい。

「これから、『新田中』へ行くんです」
白ワインを呑みながら、ワインバーの店主に何気なく話すと、周囲が急にざわついた。
「新田中!」と店主が顔色を変え「僕もスタッフもよく行きます」と大ファンを名乗れば、隣の客は「僕は常連です」と一枚上手に主張する。まるで大阪に来て、うっかり阪神ファンばかりの店に入ってしまったような熱い愛だ。

親方

職人が親方、娘さん、若いお兄さんの3人がいること。誰の前に席が用意されるかは時の運であること。しかしどこに座っても、それぞれの握りに個性があって楽しいこと。あっという間に予習ができた。
都立大学駅に開店したのは平成14年、今年で17年だが、その前はずっと茅ヶ崎でお鮨屋を営まれていたという。
「飲食業界のファンも多いですよ。2時まで営業しているから、急いで片付けて駆け込める。そのときは食べ放題でなく、単品でつまみかな」
深夜2時の町鮨か。素敵だな。今度はその時間帯にも行ってみたいなぁ、とぼんやり思う。今これからが初回だというのに。

いざ、70分食べ放題一本勝負!

ワインバーを出て、駅から延びる商店街を抜ける。商店の灯りが途切れるあたりで、その店は現れた。中から2人連れがおなかをさすりながら現れ、入れ替わりに私たち2人、というタイミング。

「いらっしゃいませ!」
L字カウンターの真ん中に、「新田中」の文字がキリリと書かれた祭提灯。そこから延びて左に親方、右には娘さんとお兄さん。ひときわ威勢のいい声は親方だった。
イカワです、と告げると、通されたのはその親方の前。カウンターには、すでにつけ皿と割り箸、おしぼりがセットされていた。

カウンター15席はすでに、思い思いに握りを口に運ぶ人で埋められている。二度言うが、本当に「思い思い」だ。人目をはばからずに唸る者、あわててむせる者、同行者に解説する者。お鮨屋なのに全然静かじゃない。
むしろライブ会場のような熱気である。お店が十分温まっているところに、また新たな海流が流れ込み、逆回転でうねり始めるような独特のスタート感。
瞬間、私の頭の中でホラ貝が鳴った。
心はもはや兜を締めた戦国武将。さあさあ、70分食べ放題一本勝負の始まりだ。

メニュー

本日のおすすめは、奥の白板ですね。得意気に言う私。
「はい、でもこっちもすごいんですよ」
見ればカウンター上の立て札に、タネの種類がびっしり2段。数えたら1段約30種類×2段である。
おおお!これ全部本当に食べ放題?
「いやいや、裏もあるんですよ」
山本さんがくるりと返すと、さらに推定30種類×2段。おおおおお!
ちなみに食べ放題コースは、女性が3,888円、男性は4,104円である。

一体、どう攻め込めばいいのだろう?いつもの貝攻めか、いや、貝だけでも多すぎるではないか。自分の食べたいものがわからなくなるコンフュージョン。「絞り込む」「決める」という作業が、こんなにも困難なことだったとは。
広大なタネの山海を前にして、攻略ルートを思案する女侍。すると知将・山本さんが囁いた。
「煮穴子と車海老は1回だけ。あとは全部おかわり自由です」
悩み、深まる。

お父さんを連れて来たいなぁ。

とりあえず、ハイボールと生ビールで一旦落ち着こう。
そこへ親方が「はい、そのままどうぞ」と鮪の中トロとづけを2貫ずつ、つけ皿にのせた。これがスタートのお決まり。名刺がわりというのか、江戸前の仕事をきっちり施しています、とお鮨が語る。それでいて、ポン!と一口で放り込める小ぶりなサイズだ。
「んまい!」
もぐもぐしながら隣を見れば、山本さんは中トロ→づけ、中トロ→づけと1貫ずつ交互に味わっているではないか。その手があったか。私はと言えば、何の意識もなく中トロ2貫→づけ2貫を一気に食べていた。趣向というより、性格の違いのような気がする。

マグロ

さあ、ここからお好きなものをどうぞ、と親方。
「私はまず、鯵とサーモンをお願いします」
元気に答えたのは山本さんだ。どこのお鮨屋でも最初に食べる、不動の1位と2位らしい。

山本さんは新潟・長岡の出身である。日本海の魚で育ち、米どころゆえ順調に「ごはんが好き過ぎる」大人になった。
米+魚=お鮨好き?かと思いきや、彼女曰く、地元ではお鮨より「ごはんとお刺身」なのだそうだ。
「お刺身文化です。鰺とか、鰤や勘八。スーパーで買ってもお刺身がおいしいくて、家でも日常的に食べますし。地元のお鮨は、(江戸前の)仕事をしないお鮨でしたね」
そう教えてくれた後、彼女は不意に呟いた。
「お父さんを連れて来たいなぁ。めちゃ好きなんですよ、魚が」

第六貫(後篇)につづく。

店舗情報店舗情報

すし処 新田中
  • 【住所】東京都目黒区中根2‐5‐12
  • 【電話番号】03‐3723‐0024
  • 【営業時間】11:30~14:00、17:30~26:00(食べ放題は~13:00、~24:30)
  • 【定休日】水曜
  • 【アクセス】東急東横線「都立大学」駅より8分

文:井川直子 イラスト:得地直美

井川直子さん.jpg

井川 直子(文筆家)

文筆業。食と酒まわりの「人」と「時代」をテーマに執筆。dancyu「東京で十年。」をはじめ、料理通信、d newsほかで連載中。著書に『変わらない店 僕らが尊敬する昭和 東京編』(河出書房新社)、『昭和の店に惹かれる理由』『シェフを「つづける」ということ』(ともにミシマ社)。2019年4月にインディーズ出版『不肖の娘でも』(リトルドロップス)を刊行。取扱い書店一覧、ご購入方法はホームページ(https://www.naokoikawa.com)からどうぞ。