焼鳥屋はもくもく煙まみれのオヤジの店、なんてとうの昔の話。焼鳥激戦区、浅草には、フレンチ的要素を取り入れたパイオニアの遺伝子を継ぐ店があるのです。江戸の“飲み倒れ”の精神を、「飲むことに人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、選りすぐりの酒場をご案内。
「焼鳥屋は、戦後の浅草・千束が発祥の地だ」という説がある。
千束通り(浅草3丁目)に本店を構える外食チェーン「鮒忠」(1946年創業)の創業者・根本忠雄氏が鶏肉の串刺しを売り出し、それが1950年頃からのブロイラー普及とともに全国に広まり、根本氏は「焼鳥の父」と呼ばれた。
「鮒忠」は8月10日を「焼き鳥の日」(語呂合わせです)として登録している(「鮒忠」HPより)。
焼鳥の食文化としての価値を国内外へ発信・普及していくことを目指す「全国やきとり連絡協議会」によると、焼鳥屋は幕末に誕生し、関東大震災後に屋台が増え、戦後に大衆化したという。「鮒忠」も大衆焼鳥店の普及の一翼を担ったといえるだろう。
2018年、1872(明治5)年創業の浅草観音裏にある割烹「草津亭」(元高級料亭「浅草田圃 草津亭」)が倒産し、事業譲受した「鮒忠」の子会社となった。時代を感じさせる出来事だ。
いままでに175軒の焼鳥屋に行った。焼鳥屋は、やはり「ひとり飲み」が様になる。
だが、大衆焼鳥というと、かつてはオヤジたちがくだを巻き、片手にお土産をぶら下げて千鳥足で帰っていく……というイメージだった。
それが1980年前後から銘柄鶏や地鶏といった“ブランド鶏”を使用したワンランク上の焼鳥専門店が増えてきている。僕はいまの浅草は、そのような焼鳥専門店の激戦区だと思っている。
1931(昭和6)年創業の老舗「銀座 鳥繁」出身の「鳥輿(とりこう)」(2010年創業・西浅草2丁目)、『ミシュランガイド東京』で焼鳥屋として初めて星を獲得した銀座「バードランド」出身の「トリビアン」(2012年創業・浅草3丁目)、湯島「鳥恵」出身の「鳥なお」(2014年・雷門1丁目)、六本木「YAKITORI燃(もえ)」出身の「喜実どり」(2017年浅草4丁目)などまさに群雄割拠である。
今回ご紹介したいのは、そのなかでも異彩を放つ「ちゃこーる」だ。
「ちゃこーる」(7位)は、浅草のフレンチレストラン「ラ・シェーブル」(1995年)が出した新タイプの焼鳥店「萬鳥(ばんちょう)」(2000~2013年)出身である。
「萬鳥」は、フランス料理で使う鶏やジビエを、焼鳥の手法で食べさせる店だった。
創業当初は、他のフレンチから「反則だ」と言われたそうだ。
そりゃそうだ。
日本人の舌には、鶏はソースよりタレや塩で食べた方が合っているに違いない。
「萬鳥」の狙いは的中し、新丸ビルにも支店を出すほどだった。今では当たり前となった「ワインと焼鳥」を合わせたのも「萬鳥」がパイオニアだ。
「ちゃこーる」のシェフ・高橋久子さんは、その「萬鳥」で13年間ずっと焼き手を任されていた。
思えば、女性オーナーの焼鳥屋、女性の焼き手というのも珍しい(こちらでもパイオニアかな?)。
高橋さんは写真学校を卒業し、最初はカメラマンとして社会に出た。その後、浅草の人気居酒屋「もがみや」で調理を担当していた関係で、「萬鳥」開店時に声がかかった。
実家を改装して店舗とし、2013年に「ちゃこーる」を開店。店名は、高橋さんの愛称「チャコちゃん」と「charcoal(炭)」を掛けたもの。これも焼鳥屋っぽくない。
店内が広いのは、スペースを要するビニールの裁断屋だった実家を改装したゆえである。
一見カフェのようにも見える店内は、カウンター8席にテーブル6席。
でも、やはり焼鳥屋はカウンターに限る。
焼鳥屋の親父といえば、気合に満ちていたり、声をかけづらいオーラを放っていたりするが、「ちゃこーる」のママ(僕はこう呼びます。シェフではよそよそしい)の所作は自然で無駄がなく、完成した串も美しい。
このような焼き手の仕事や、焼き上がっていく串を見て楽しむのも焼鳥屋の醍醐味というもの。焼鳥屋は、オープンキッチンのパイオニアといってもいいだろう。
「萬鳥」ではフランスのブレス産の鶏をメインに使っていたが、「ちゃこーる」ではいろいろ食べ比べた結果、伊豆で育てられる天城軍鶏(あまぎしゃも)をメインにした。
平飼いの鶏舎で育てられた軍鶏で、繊維が細かく、旨味も豊かだ。
それだけでなく、フランス産の鶉(うずら)や小鳩、バルバリー鴨、ほろほろ鳥、鹿などのジビエだって味わえる。
さらなる楽しみが、ホワイトアスパラやかぶ、むかご、ズッキーニといった季節ごとの野菜焼きだ。ワインもお手頃なものが多く、有料で持ち込みもできる。
素材へのこだわりと女性らしい美意識、非日常的な空間。
観音裏には、こんな異次元の焼鳥屋もある。今までにない味に出会えること請け合いです。
――明日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ