ここは観音裏。カウンター中心の隠れ酒場は、気さくな雰囲気でいて、日本酒と気の利いた肴が愉しめるひとり飲みの天国だった!江戸の“飲み倒れ”の精神を、「人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒の中の1軒を案内します。
「ずぶ六」(3位)は、理想的な「ひとり飲み」の店だ。
「寡黙な店主」「カウンター中心」「いい日本酒が揃う」「肴が充実」「渋く落ち着いた雰囲気」と、僕が考える「ひとり飲み」の条件をほとんど満たしている。観音裏では知らぬ者はない日本酒酒場の名店「ぬる燗」(2位)と双璧をなす、といっても過言ではないだろう。
僕は『dancyu』を創刊号から愛読しているのだが、初めてdancyu編集部の部員と出会ったのは、この「ずぶ六」のカウンターだ。ここで女性編集者と意気投合し、浅草の酔っ払い代表(?)として『dancyu』の2018年5月号「美味下町。」特集に載せていただいた(記事の中の写真でも「ずぶ六」のカウンターで飲んでいます)。
その「ずぶ六」が半年後、ビッグニュースが……。
「『ずぶ六』がミシュランに載った!」――その一報は飲み仲間からもたらされた。あの『ミシュランガイド東京2019』のビブグルマンに掲載されたというのだ。
「えっ!」と驚いたのは僕だけではない。
店の常連も地域の飲食店の店主たちも、だ。
もちろん「ずぶ六」の実力を過小評価していたわけではない。
「ずぶ六」は、知る人ぞ知る隠れ家的な、懐にもやさしい、渋くて目立たぬ小さな店。しかも、2017年に開店してまだ2年目だ。『ミシュラン』が選ぶ店は、もっとオシャレだったり、流行の先端を行っていたり、話題性に富んでいたりする客単価の高い店だという印象を持っていたから、逆に『ミシュラン』の実力を再認識させられたものだ。
そして、その驚きは同時に「ずぶ六」に通っていた僕らを誇らしいような気持ちにもさせてくれた。
店主の谷口賢一さんは、宮崎生まれの東京育ち。池袋・神田・新橋など繁華街の忙しい居酒屋で働いた後、2017年に自分の店を出した。
「ずぶ六」とは江戸時代の言葉で「ぐでんぐでんに酔っぱらた人」のことだ(その上に「ずぶ七」というランクがあるというのだから、「江戸の飲み倒れ」恐るべし)。
しかし、この店には江戸の一杯飲み屋のような安っぽさはない。店名に「酒さかな」と謳っているように、日本酒も魚も肴もすばらしい。その魅力を数え上げると……。
<ずぶ1>
昔から美術に興味があったという店主のセンスが隅々にまで行き届いた店内と、器や酒器。
<ずぶ2>
奥津荘という酒場長屋の間口が狭く奥行きがある造りが活かされた、居心地のいい7席のカウンター。
<ずぶ3>
燗酒に力を入れた「日本酒」のラインナップ(冷たい酒10種類前後・常温とお燗15種類前後)。容量も90ml、120ml、150mlと3種類あり、半合ずつ飲み比べができるのもうれしい。
<ずぶ4>
埼玉県三郷からチャリ通する店主が、通勤途中に足立市場で仕入れる魚は生の天然もの。刺身盛合わせは、サイズ「S」でも大満足だ。
<ずぶ5>
ひと手間かけた日替わりの魚料理、季節の野菜料理などの「肴」も楽しみだ(肉料理は少ない)。本格的な和食は独学に近いというが、料理の旨さにもセンスにも舌を巻く。
35種類ほどあり、500円前後が中心。その他に約15種類の小鉢が1個300円、なぜか3個で600円という太っ腹!このあたりも呑み助ゴコロをくすぐる。おっと、3種盛りのお通しも300円だった。
<ずぶ6>
そして、忘れてはならないのが研究熱心で実直な店主。ワンオペでこれだけの料理を、この値段で提供する奇跡!後光がさして見えるのは僕だけだろうか。
僕は、いつも「安すぎる!」と文句を言い、他のお客さんから顰蹙(ひんしゅく)を買っている。
――「ずぶ六」の世界にずぶずぶとはまってしまうわけ、おわかりになりましたか?
僕は職場の都立浅草高校でミニコミを出しているのだが、2019年2月に行われた「浅草観音裏・ 酔いの宵」という飲み歩きイベントに合わせて、同僚たちに「浅高・観音裏総選挙」を実施し、好きな店に投票してもらった。
結果は、グランプリ「ずぶ六」、準グランプリ「笑ひめ」、第3位「うんすけ」と、この「ひとり飲み」シリーズで紹介した店が上位を独占した(メデタシメデタシ)。
本校の美術教員・甲斐健太さんは、「『ずぶ六』は“盛り”。どの料理でも芸術的な盛り付けが素晴らしい」と評価する(彼は自作の“ぐい呑み”を店に置いています)。
「ずぶ六」は、ひとり飲み客の多い店。中でも女性のひとり飲みが目立つ。
これは店主の谷口さんの魅力によるものか、はたまた酒や肴の魅力によるものか。
その答えは、ご自分の目と舌でお確かめください。
――2019年7月11日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ