メニューは生ビールのみ!それも薄張りグラスに注がれた極上の。潔いったらこの上ない。江戸の“飲み倒れ”の精神を、「人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、美しくて個性豊かなママが営む生ビール専門店を案内します。
ビールが好きだ!!僕のお腹はビールでできている。
『飲んだビールが5万本!』(本の雑誌社)の著者でビール界の巨星である我が憧れの師匠、椎名誠氏は、様々なシチュエーションでのビールとの出会いについて書いている。
たとえば『酔うために地球はぐるぐるまわっている』(講談社)では、こう綴っている。
「ビールがいつも旅人を助けてくれた」
その通り!ビールほど身近で頼りになるヤツはいない。
うれしい時も悲しい時も苦しい時も、ビールはいつも僕とともにいてくれた。
ひと汗かいた後の一杯はもちろん、ラーメン屋での一杯、揚げ物とともに一杯、列車に乗って駅弁で一杯…… 。
こんな時は、ビールじゃなきゃダメだ。
僕は、「最後の晩餐」は餃子とビールに決めている。
しかし、ビールは決して八方美人ではない。
ビールほど状況によって味が変わる酒も他にはないからだ。体調、気分、場所、相手。さまざまな要素でビールの味は一変する。プロ野球のビールかけの本数は3,000~6,000本。ほかの酒ではあの歓喜につながらない(シャンパンファイトとは本数が違う!)
条件が整った時に飲むビールは全飲食物中で最強だ。しかし、落ち込んでいる時(心身どちらでも)に飲むビールは苦くて不味い。ビールは、身体や心の健康度を教えてくれるバロメーターでもあるのだ。
ビアホール、ビアバーなどビール中心の店には今まで113軒行っているが、その中のベスト5は……。
まずロケーションと建築美のすばらしい2店、北海道は札幌の「サッポロビール園」開拓使館と東京・吾妻橋「吾妻橋アサヒビヤホール」(1988年閉館)。ともに工場直結のビールが名物。
クラフトビールの品揃えという点では、英国のビール評論家であるマイケル・ジャクソンが「ビアバー世界5位」に認定した、タップ数100を誇る東京・両国の「麦酒倶楽部 ポパイ」。
そして、2大ビール注ぎ名人の店として東京の2店。八重洲「灘コロンビア」(1993年に店主の新井徳司名人が逝去。閉店)と浅草の「正直ビヤホール」、鈴木澄子さん(71歳)の店だ。
ビールは注ぎ方によっても味が大きく変わる。近年、チェーン店などにあるジョッキを置くと「ギュイ~ン」と傾いて勝手にビールを注ぐ自動サーバーなんて、味気ないったらありゃしない。
「正直ビヤホール」は、ビールサーバーのレトロな真鍮製ドラフトタワー(スタンドコック)が有名だ(ネット情報にあるような木製ではないし、今は氷冷でもありません)。
そして、薄張りグラスを水洗いしてから少量のビールでも洗う。
これは、まずグラスの匂いを消し、次に水臭さも消すためだ(ママは他店ではジョッキが冷蔵庫臭いので瓶ビールしか飲まないほど敏感である)。
この細やかな心遣いと適度に炭酸を抜く注ぎ方、そして薄張りグラスの心地よい感触とが相まって、日本一旨いビールが降臨する。
スーッとのどを通過する、その爽やかさ、軽やかさ。
何杯でも飲めてしまう魔法のビール。正に名人芸だ。
「正直ビヤホール」のルーツは𠮷原の遊郭「正直楼」。その後「なか(𠮷原内)」で、旅館と射的場の他にビアホールを営み(2016年閉店)、その分店として1950年に開店したのが今の店である。
レトロな店構えがたまらない。当時は生ビールが飲める店は珍しく、正面には蛍光灯の大きな電飾が輝いていた。
その後、現在のママのご主人が遠い親戚であることから引き継ぎ、ご主人が亡くなった後を三代目としてママが守っている。当時は一杯100円だったそうだ。
ママは浅草の生まれ。27年前に店を継いだ際に、それまでのキリンビールから自分が好きなサッポロビールに替えた(店にはいまだにキリンの看板があるのだが)。その時に外された70年物のキリン仕様のタワーは、今でも自宅にあるという(お宝だ!)。
このレトロな店に割烹着姿のママが立つと、往年の銀座の高級カフェーを彷彿とさせる。
そして、主演女優を囲むようにカウンターが8席。今夜もママのワンマンショーが幕を開ける。
ママは、言葉は丁寧だが、話の内容は“正直”で辛辣!(ここに書けないような話も)。しかし、ママと過ごす時間は楽しい。そして、ママの毒舌を肴に旨いビールをしこたま呑む。今もこれだけチャーミングで美人なのだから、若い頃はどれほどだったことか。まさに「浅草のアイドル」である。
「正直ビヤホール」はチャージはタダ。おでん鍋はあるのだが今は料理がなく、出てくる乾き物もタダ。1杯700円のビールのみで商売している。
だから、1杯しか飲まないお客はお断り。店内には次のような厳しいオキテ(?)が掲げられている。
「1杯はダメよ!2杯はお別れ 3杯は身を切る 4杯は死に損ない 5杯はごきげんよう 6杯目からは さぁガンガン呑もう!!」。
客は、ママに1杯勧めるのも第2のオキテ。以前は一晩20杯ぐらい呑んでいたそうだ。食べ物を持ち込んでもいいが、ママや他のお客さんにもふるまうのが第3のオキテだ。
「正直ビヤホール」は昔気質の店なので、店が客を選ぶ。
“不正直”な客(酔っ払いやマナーの悪い客)は追い出されることもある。僕も最初に伺った時には酔っ払っていて入れてもらえなかった。
しかし、女神に“正直さ”が認められ、ひとたび入店が許されれば、そこには比類ない桃源郷が広がる。あなたも今宵、最高のビールと魅惑的なママに酔いしれてみませんか?
ーー明日、いよいよシリーズ第1位の発表です!
文:神林桂一 写真:大沼ショージ