観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~
「正直ビヤホール」で極上の生!|神林先生の浅草ひとり飲み案内⑫

「正直ビヤホール」で極上の生!|神林先生の浅草ひとり飲み案内⑫

メニューは生ビールのみ!それも薄張りグラスに注がれた極上の。潔いったらこの上ない。江戸の“飲み倒れ”の精神を、「人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、美しくて個性豊かなママが営む生ビール専門店を案内します。

ビールを飲んで死にたい。

ビールが好きだ!!僕のお腹はビールでできている。
『飲んだビールが5万本!』(本の雑誌社)の著者でビール界の巨星である我が憧れの師匠、椎名誠氏は、様々なシチュエーションでのビールとの出会いについて書いている。

たとえば『酔うために地球はぐるぐるまわっている』(講談社)では、こう綴っている。
「ビールがいつも旅人を助けてくれた」


その通り!ビールほど身近で頼りになるヤツはいない。


うれしい時も悲しい時も苦しい時も、ビールはいつも僕とともにいてくれた。
ひと汗かいた後の一杯はもちろん、ラーメン屋での一杯、揚げ物とともに一杯、列車に乗って駅弁で一杯…… 。
こんな時は、ビールじゃなきゃダメだ。
僕は、「最後の晩餐」は餃子とビールに決めている。

授業終わりの口開けはビールから。かいた汗の分だけしみ渡ります。
授業終わりの口開けはビールから。かいた汗の分だけしみ渡ります。

しかし、ビールは決して八方美人ではない。
ビールほど状況によって味が変わる酒も他にはないからだ。体調、気分、場所、相手。さまざまな要素でビールの味は一変する。プロ野球のビールかけの本数は3,000~6,000本。ほかの酒ではあの歓喜につながらない(シャンパンファイトとは本数が違う!)
条件が整った時に飲むビールは全飲食物中で最強だ。しかし、落ち込んでいる時(心身どちらでも)に飲むビールは苦くて不味い。ビールは、身体や心の健康度を教えてくれるバロメーターでもあるのだ。

神林先生が職場の都立浅草高校で配布する目的でつくり始めたミニコミ誌。今回のテーマは「ひとり飲みの店ランキング2019」に即した大好きな店ばかり25軒をランキング形式で紹介しています。
神林先生が職場の都立浅草高校で配布する目的でつくり始めたミニコミ誌。今回のテーマは「ひとり飲みの店ランキング2019」に即した大好きな店ばかり25軒をランキング形式で紹介しています。
神林先生の「ひとり飲みの店ランキング2019」より。
▼10位「呑み喰い処 酔花」
2007年開業。浅草の芸者衆や旦那衆も立ち寄る家庭的な店。靴を脱いでくつろげる。
▼9位「笑ひめ」
2010年開業。愛媛料理の居酒屋。着物に割烹着姿の女将が人気。柑橘系の酒が充実。
▼8位「ペタンク」
2017年開業。「ミシュランガイド東京 2019」ビブグルマン掲載のビストロ。気取らずに料理とワインを。要予約。
▼7位「ちゃこーる」
2013年開業。元「萬鳥(ばんちょう)」の焼き方が開いた。天城軍鶏に仏産鶉、鴨、ジビエもある焼鳥屋。
▼6位「コメジルシ」 
2014年開業。浅草駅地下街のカルト的日本酒バー。店主におまかせのお得なコース制。
(ランキングは、テーマや先生の独断で変動することも多分にあります)
▼5位「丸千葉」 
1955年開業。大繁盛大衆酒場。開店から満員。豊富な肴は大盛り安旨! 
▼4位「正直ビヤホール」
1950年開業。レトロなサーバーと日本一のビール。料理はなく、ママとの会話が肴。

ビール自慢の店113軒を訪ねたうちのベスト5に入る店である。

ビアホール、ビアバーなどビール中心の店には今まで113軒行っているが、その中のベスト5は……。
まずロケーションと建築美のすばらしい2店、北海道は札幌の「サッポロビール園」開拓使館と東京・吾妻橋「吾妻橋アサヒビヤホール」(1988年閉館)。ともに工場直結のビールが名物。
クラフトビールの品揃えという点では、英国のビール評論家であるマイケル・ジャクソンが「ビアバー世界5位」に認定した、タップ数100を誇る東京・両国の「麦酒倶楽部 ポパイ」。

そして、2大ビール注ぎ名人の店として東京の2店。八重洲「灘コロンビア」(1993年に店主の新井徳司名人が逝去。閉店)と浅草の「正直ビヤホール」、鈴木澄子さん(71歳)の店だ。

こちらがママの鈴木澄子さんが切り盛りする「正直ビアホール」。
こちらがママの鈴木澄子さんが切り盛りする「正直ビヤホール」。

ビールは注ぎ方によっても味が大きく変わる。近年、チェーン店などにあるジョッキを置くと「ギュイ~ン」と傾いて勝手にビールを注ぐ自動サーバーなんて、味気ないったらありゃしない。
「正直ビヤホール」は、ビールサーバーのレトロな真鍮製ドラフトタワー(スタンドコック)が有名だ(ネット情報にあるような木製ではないし、今は氷冷でもありません)。
そして、薄張りグラスを水洗いしてから少量のビールでも洗う。
これは、まずグラスの匂いを消し、次に水臭さも消すためだ(ママは他店ではジョッキが冷蔵庫臭いので瓶ビールしか飲まないほど敏感である)。

真鍮製ビールサーバーのスタンドコックをグイッと引いて……
真鍮製ビールサーバーのスタンドコックをグイッと引いて……
きめ細やかな泡を注いだら……
きめ細やかな泡を注いだら……
お待ちかねの“正直”クオリティのビールが完成!
お待ちかねの“正直”クオリティのビールが完成!
お隣さんも交えて、みんなで「カンパイ」だ!
お隣さんも交えて、みんなで「カンパイ」だ!
ぐんぐん杯が進んでしまいます。

この細やかな心遣いと適度に炭酸を抜く注ぎ方、そして薄張りグラスの心地よい感触とが相まって、日本一旨いビールが降臨する。
スーッとのどを通過する、その爽やかさ、軽やかさ。
何杯でも飲めてしまう魔法のビール。正に名人芸だ。

ルーツは、遊郭にあった「正直楼」。

上を仰げば、𠮷原を連想させるような艶めかしい提灯型の電灯が。
上を仰げば、𠮷原を連想させるような艶めかしい提灯型の電灯が。

「正直ビヤホール」のルーツは𠮷原の遊郭「正直楼」。その後「なか(𠮷原内)」で、旅館と射的場の他にビアホールを営み(2016年閉店)、その分店として1950年に開店したのが今の店である。
レトロな店構えがたまらない。当時は生ビールが飲める店は珍しく、正面には蛍光灯の大きな電飾が輝いていた。
その後、現在のママのご主人が遠い親戚であることから引き継ぎ、ご主人が亡くなった後を三代目としてママが守っている。当時は一杯100円だったそうだ。

入口は、今ではほどんど見かけないガラス張りの扉。
入口は、今ではほどんど見かけないガラス張りの扉。
右から2番目の扉の取っ手を引いて入りましょう。
右から2番目の扉の取っ手を引いて入りましょう。
風に揺れるレースのカーテン。何度も修理した年季の入った椅子。
風に揺れるレースのカーテン。何度も修理した年季の入った椅子。
料理はありません。サービスで供されるチーズや都こんぶをお供に。
料理はありません。サービスで供されるチーズや都こんぶをお供に。

ママは浅草の生まれ。27年前に店を継いだ際に、それまでのキリンビールから自分が好きなサッポロビールに替えた(店にはいまだにキリンの看板があるのだが)。その時に外された70年物のキリン仕様のタワーは、今でも自宅にあるという(お宝だ!)。

ママの歯に衣着せぬ痛快なトークも「正直ビヤホール」の名物です。
ママの歯に衣着せぬ痛快なトークも「正直ビヤホール」の名物です。

このレトロな店に割烹着姿のママが立つと、往年の銀座の高級カフェーを彷彿とさせる。
そして、主演女優を囲むようにカウンターが8席。今夜もママのワンマンショーが幕を開ける。
ママは、言葉は丁寧だが、話の内容は“正直”で辛辣!(ここに書けないような話も)。しかし、ママと過ごす時間は楽しい。そして、ママの毒舌を肴に旨いビールをしこたま呑む。今もこれだけチャーミングで美人なのだから、若い頃はどれほどだったことか。まさに「浅草のアイドル」である。

独自のオキテがある。

「正直ビヤホール」はチャージはタダ。おでん鍋はあるのだが今は料理がなく、出てくる乾き物もタダ。1杯700円のビールのみで商売している。

サービスのおつまみにゆで卵が登場することもあります。
サービスのおつまみにゆで卵が登場することもあります。

だから、1杯しか飲まないお客はお断り。店内には次のような厳しいオキテ(?)が掲げられている。
「1杯はダメよ!2杯はお別れ 3杯は身を切る 4杯は死に損ない 5杯はごきげんよう 6杯目からは さぁガンガン呑もう!!」。
客は、ママに1杯勧めるのも第2のオキテ。以前は一晩20杯ぐらい呑んでいたそうだ。食べ物を持ち込んでもいいが、ママや他のお客さんにもふるまうのが第3のオキテだ。

何杯でも飲めてしまう魔法のビール。今夜も杯が進みます。
何杯でも飲めてしまう魔法のビール。今夜も杯が進みます。
神林先生の痛快な飲みっぷりに、ママもにっこり。
神林先生の痛快な飲みっぷりに、ママもにっこり。

「正直ビヤホール」は昔気質の店なので、店が客を選ぶ。
“不正直”な客(酔っ払いやマナーの悪い客)は追い出されることもある。僕も最初に伺った時には酔っ払っていて入れてもらえなかった。
しかし、女神に“正直さ”が認められ、ひとたび入店が許されれば、そこには比類ない桃源郷が広がる。あなたも今宵、最高のビールと魅惑的なママに酔いしれてみませんか?

女神に“正直さ”が認められればそこは桃源郷!
女神に“正直さ”が認められればそこは桃源郷!
「どうもありがとー!」見送ってくれたママは、カウンターの中に立っているときとはまた違う、小柄な可愛い女性でした。
「どうもありがとー!」。見送ってくれたママは、カウンターの中に立っているときとはまた違う、小柄な可愛い女性でした。

ーー明日、いよいよシリーズ第1位の発表です!

似顔絵
<本日のお会計>
生ビール(サッポロ)700円、6杯。計4,200円也。

店舗情報店舗情報

正直ビヤホール
  • 【住所】東京都台東区浅草2‐22‐9
  • 【電話番号】03‐3841‐7947
  • 【営業時間】17:00~21:30頃
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】つくばエクスプレス「浅草駅」より5分

文:神林桂一 写真:大沼ショージ

神林 桂一

神林 桂一 (都立高校国語教師)

教員生活42年。食べ歩き、飲み歩き歴は45年。10年前の都立一橋高校(馬喰町)時代から食のランキング・ミニコミを刊行(おもに職場で配布)。下町エリアを中心に酒場、定食屋、バー、和・洋・中・その他のエスニック料理店と守備範囲は広いが、なかでも“お母さん酒場”には並々ならぬ情熱を持つ。食にまつわる書籍、雑誌、テレビ番組、一般的なランキングサイトなど、リサーチにも余念がなく、自作のデータベースには行った店・約9,200軒を含む1万5,000軒。の店や食の情報が整理されている。毎日早朝6時、デッキや外付けHDD計4台に録りためた番組をチェックすることから1日が始まる。

神林 桂一先生が2020年8月24日に逝去されました(享年66歳)。 神林先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。