銀座線「浅草駅」の先に延びる浅草地下街。アジアのカオスな雰囲気満点の一角に、未知の酒に出会える日本酒バーがあるという。江戸の“飲み倒れ”の精神を、「飲むことに人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、穴場的日本酒バーを目指します!
「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」
日本を代表する「酒仙」といえば若山牧水だ。彼は生涯で約200首の酒の歌を詠んでいる。「愛酒の日」8月21日は牧水の誕生日だ。この歌のように「ひとり飲み」の極みは、やはり日本酒か。ひとりしみじみ飲む時間は何にも代え難い(ふたりでしっぽり、というのにも憧れますが……)。
今までに593蔵の日本酒を飲んできた。
僕の経験では、日本酒は現在、4回目の「日本酒ブーム」に突入している。2013年10月発売の『dancyuムック 新しい日本酒の教科書』(プジデントムック)、『dancyu』2018年3月号「日本酒」特集内の記事「日本酒クロニクル」を見ながらふり返ってみよう。
1950~60年代は「モーレツ期」。高度経済成長の勢いのまま、日本酒も大量生産の時代を迎え、“剣菱”“菊正宗”“白鷹”などが全国を席巻していく。その反面、巨大化した大手による桶買い(小規模酒蔵から買った酒を自社製品として売る)、三増酒(醸造アルコールで3倍に増量した酒)などが横行した。
質の悪い酒を飲んだ当時の酔っ払いは、体内で発生したアセトアルデヒドのために酷く酒臭かったし(最近はああいうオッサンも見かけないなぁ)、二日酔いも最悪だった。
僕は1974年に大学生になった。サークルの飲み会や合宿での「イッキ飲み」は、もっぱら二級酒だった。ビールは高価だったし、チューハイブームは1980年代に入ってから、ウーロンハイの登場は1985年、ホッピーが若者に支持されるのは2000年代に入ってからである。
しかし一方で、1975年には「日本名門酒会」が発足し、地方の質のいい日本酒を集めて流通させ始める。その影響もあり、1970~80年代にかけて「第一次地酒ブーム」が起こるのだ。この頃に“越乃寒梅”“八海山”“浦霞”“一ノ蔵”“梅錦”など多くの銘酒を知った。
1985年頃になると、「第2次地酒ブーム」となる。吟醸酒が人気となり、純米酒の“田酒”、“神亀”(1987年に全量純米蔵となる)、淡麗辛口の新潟“久保田”“上善如水”や山廃仕込みの石川“天狗舞”などが脚光を浴びる。
しかしバブル景気の波に乗り、日本酒は過度な高級化路線へ迷走してしまう。
僕も、「本格焼酎ブーム」(2003年頃~)、地ビール、シングルモルトウイスキーなどに浮気をし、10年ほど日本酒とは疎遠になっていた。
1995年頃から、僕の留守中に、日本酒は新たな時代を迎える。高級化への反動から「伝統的な技」が見直される一方、山形“十四代”、秋田“新政”、福島“飛露喜”など若い世代の蔵元たちが中心となり「蔵元発信の酒造りの時代」となったのだ。
無濾過・生酛・冷やおろし・あらばしり・槽(ふね)・袋吊り・雄町……。知らない銘柄に知らない用語、知らないキーワードも多く、昨年度はブランクを取り戻すべく200蔵の日本酒を新たに飲んだ。
浅草も日本酒酒場が花盛りだ。
このシリーズでも紹介した観音裏「ずぶ六」(3位)。
太田和彦著「日本百名居酒屋」にも選出されている観音裏「ぬる燗」(2位)。驚異的な品揃えの西浅草「表乃蔵」。こだわりが半端ではない千束「しゅはり」。古い呉服屋を改装した西浅草「盃屋かづち」。立ち飲みとは思えないレベルの日本酒が飲める「洒落者(しゃれもん)」(22位)。酒屋直営の「酒の大桝」。カップ酒専門の浅草地下街「忍者場(バー)」。
そんな中でも「唯一無二」の存在と言えるのが「コメジルシ」(6位)である。
「コメジルシ」は、1955年開業の「浅草地下街」にある(銀座三原橋地下街の閉鎖により現在は日本最古の地下街で、ディープな雰囲気がたまらない)。
2014年開店のカウンター7席、外席6席の小さな日本酒バーだ。
店主のHALさんは胸板が厚く格闘家のよう。一見強面(こわもて)だが、恐い人ではない。
それどころかHALさんは10年間、メッセンジャー(自転車便)として東京の街を駆け抜け「日本最速の男」と呼ばれていたのだ。
日本酒に目覚めたのはメッセンジャーを辞める頃だが、今では日本酒に関しても先頭集団を走っている。
「唯一無二」と言った理由は、そのシステムにある。
飲める酒の数は冷酒25種類、常温・燗10種類ほどで、それを「楽々酔々」をテーマにコースで提供するのだ。僕は、開封する本数を絞って劣化しないうちに飲ませるシステムかと思っていたら、そうではなかった。
おまかせコースは、60分2,400円、90分2,800円、120分3,200円などがあり、とてもリーズナブル。飲み放題ではなく、客の飲み方を見ながら、ペースや好みを読み取って酒を提供する。
酒は、自分で選ぶとどうしても決まった好みに偏ってしまう。
そこで、まず、高価な日本酒や流行の日本酒、レアな日本酒に加え、無名だがお薦めの日本酒、旬の日本酒、熟成酒などを冷酒・常温・お燗と幅広く提供して未知の日本酒との出会いを演出している。
次に、同じ酒でも年度や酒米などによって異なる味わいを飲み比べしてもらう。
日本酒は開けたてがピークではなく、味や香りが開いた飲み頃があるということを経験してもらうという狙いもある。HALさんは、常温・冷蔵・氷温とさまざまな温度で300~400本を寝かせており、日々味見を繰り返しながら、飲み頃や新しい提案を模索している。
酒肴は20種類以上あり、最低1品頼むのがルール。
僕はいつも「おつまみ盛り合せ」(800円~)を注文する。
今日は“而今(じこん) 八反錦 純米吟醸 無濾過生”の2018BY・2017BY・25BY(2013年醸造)の3種の飲み比べが劇的で見事だった。
今までも“写楽 純米吟醸”播州山田錦・東条山田錦・吉川山田錦の3種の飲み比べ、「仙禽 初槽 直汲み」あらばしり・なかどり・せめ3種飲み比べなど、毎回新鮮な驚きや発見が待っていた。これこそが「唯一無二」!
「コメジルシ」では同じ酒に出会うことはほとんどない。まさに「一期一会」だ。
そう、あなたにも日本酒好きのための「唯一無二」の店で、旨い日本酒との「一期一会」をぜひ楽しんでいただきたい。
しかも懐には超やさしい「明朗会計」ですよ!
(ラインナップの素晴らしさは、FacebookやInstagramの写真でご確認ください)
――明日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ