「倒れるまで飲む」の意ではなく、「飲むことに人生を懸ける」という“飲み倒れ”の精神を体を張って追求する神林先生。自身が刊行するミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」より、選り抜きの25軒を紹介。今宵は、オーセンティックバーでしっとりと。
「♪ 夜の入口はさみしくて 眠りにつくまでさみしくて 人の気配のする暗がりに 身を寄せたくなります」
中島みゆき『SINGLES BAR』より
なんて曲が心に浮かぶ夜。向かうのはバーだ。
バーは、ひとり静かにグラスを傾ける大人の酒場。
そして、酒と人生をしみじみ味わうための場所。
だから、いちゃいちゃしたいリア充(現実生活、とくに恋愛関係が充実している人)は寄り付くなかれ。ナンパ目的の若造は立ち入り禁止。耳学問の知ったかぶりや、知識ゼロのビギナーは……と、こちらは大丈夫。
マナーを守り、きちんと飲める人になら、バーの扉はいつでも開かれている。さあ、臆することなく、大人の階段に足をかけてみよう。
今まで200軒のバーに行っている。
なかでも1993年に山口瞳氏が上梓した『行きつけの店』(新潮文庫)を読んで、背伸びして訪ねた伝説のバーテンダー古川緑郎氏の銀座「クール」(2003年に88歳で閉店)。
現代を代表する渡辺昭男氏による名店・湯島「EST!」(dancyu webのシリーズ「EST!のカクテルブック」をぜひお読みください)。
「沼津の至宝」とも呼ばれる店の空気感に圧倒された沼津「ビクトリー」。
カルト的な品ぞろえの恵比寿「オーディン」。
そして一番落ち着ける場所・浅草「OGURA is Bar」が僕の「バー・ベスト5」だ。
「OGURA is Bar」のマスター・小倉光清氏は浅草生まれ、吉原育ち。祖父は遊郭を経営していたという。
浅草最古のバーでギネスブック級の蔵酒量を誇る「ねも」で25年以上勤め、1998年にこの店を開店。国内最大のバーテンダーの集まりであるNBA(日本バーテンダー協会)で浅草支部長、常任相談役を歴任する重鎮だ。
「OGURA」はオーセンティックバー(正統派のバー)だ。
オーセンティックバーでは、バーテンダーは白シャツに蝶ネクタイ、バーコートやウエストコート(ベスト)というようなフォーマルな制服を着るのが原則。NBAはその設立の目的に「バーテンダーの技術の練磨と人格の陶冶」と謳っている。バーテンダーにはテクニックだけではなく、人間性も要求されるのだ。
ジェントルで博識な「OGURA」のマスターを見ていると、僕はついつい古谷三敏氏の漫画『BARレモン・ハート』のマスターを思い出してしまう。では、さしずめ僕は「松ちゃん」か? いやいや、男なら「メガネさん」を目指したいものだ。
「OGURA is Bar」。直訳すれば「オグラはバーである」。マスターは語呂の良さをねらっただけとおっしゃるが、僕はこの店名にマスターの「バーのなかのバーを目指す」という志の高さを感じてしまう。
マスターは「仲間と楽しくやりたい時にはショットバー、自分の世界で飲みたい・孤独になりたい時にはオーセンティックバー」だと言う。だから、隣の知らないお客に話しかけることは禁止!バーはマスターとの会話を楽しむ場所、そして「究極のひとり飲みの酒場」なのだ。
「OGURA」では、とりあえずビール……ではなく、“スカイボール”を頼みたい。「ねも」譲りのウォッカベースのカクテルだ。この店ではビールを注文する人はほとんどいない。
その後、僕は“ブルーバラライカ”というブルーキュラソーを使った美しいカクテルをいただく。
そして、何といっても真打はウイスキー。
作家の村上春樹氏は、アイラ島などウイスキーの故郷を訪ねて、『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』(新潮文庫)という紀行文を書くほどのウイスキー愛好家である。そのなかでこんな一文がある。
――もし僕らのことばがウイスキーであったなら(略)。 僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む。それだけですんだはずだ。とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。――
ウイスキーと向き合う感覚、いい得て妙だ。
「OGURA」はシングルモルトの品揃えがすばらしい。
しかも、年代物の3杯がセットになって1万円というお得なコースがある。
これは1杯ずつ注文すると高くなってしまう希少なウイスキーを3ショットのセットにして客が皆でシェアすることによってリーズナブルに飲める、という大変ありがたいシステムなのだ。
今日は、事前に飲む権利を買っておいた「アイラ・コース」を愉しくいただいた。
マスターにはオチャメな一面があることを書き加えておこう。
「女に言う(メニュー)」には、「当然事」「骨折」「野球首領」など江戸っ子の「判じ絵」のようなナゾナゾが。
さあ何と読むでしょう?
答えが分からない方は、ぜひ来店してマスターからお聞きください(ヒントは、どれもよく目にする「おつまみ」ですよ。答えは次回に発表!)。
――2019年6月7日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ