観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~
「OGURA is Bar」で大人の階段を上る|神林先生のひとり飲み案内⑥

「OGURA is Bar」で大人の階段を上る|神林先生のひとり飲み案内⑥

「倒れるまで飲む」の意ではなく、「飲むことに人生を懸ける」という“飲み倒れ”の精神を体を張って追求する神林先生。自身が刊行するミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」より、選り抜きの25軒を紹介。今宵は、オーセンティックバーでしっとりと。

バーで味わえるのは酒だけじゃない。

「♪ 夜の入口はさみしくて 眠りにつくまでさみしくて 人の気配のする暗がりに 身を寄せたくなります」
中島みゆき『SINGLES BAR』より
なんて曲が心に浮かぶ夜。向かうのはバーだ。

テールランプ
「OGURA is Bar」があるのはビルの7階。眼下には雨の国際通りを行くテールランプが。
店内
ジャケットを脱いでリラックス。肩の力を抜いたひとり飲みの時間がはじまります。
マスターの小倉光清さん
「いらっしゃいませ」。カウンターにはマスターの小倉光清さん。

バーは、ひとり静かにグラスを傾ける大人の酒場。
そして、酒と人生をしみじみ味わうための場所。
だから、いちゃいちゃしたいリア充(現実生活、とくに恋愛関係が充実している人)は寄り付くなかれ。ナンパ目的の若造は立ち入り禁止。耳学問の知ったかぶりや、知識ゼロのビギナーは……と、こちらは大丈夫。
マナーを守り、きちんと飲める人になら、バーの扉はいつでも開かれている。さあ、臆することなく、大人の階段に足をかけてみよう。

ひとり飲みの店ランキング2019
神林先生が職場の都立浅草高校で配布する目的で、2009年からつくるミニコミ誌。浅草の食文化の深さを伝えるべく、大好きな店ばかりを、テーマごとにランキング形式で紹介。今回のテーマは「ひとり飲みの店ランキング2019」です。

今まで200軒のバーに行っている。
なかでも1993年に山口瞳氏が上梓した『行きつけの店』(新潮文庫)を読んで、背伸びして訪ねた伝説のバーテンダー古川緑郎氏の銀座「クール」(2003年に88歳で閉店)。
現代を代表する渡辺昭男氏による名店・湯島「EST!」(dancyu webのシリーズ「EST!のカクテルブック」をぜひお読みください)。
「沼津の至宝」とも呼ばれる店の空気感に圧倒された沼津「ビクトリー」。
カルト的な品ぞろえの恵比寿「オーディン」。
そして一番落ち着ける場所・浅草「OGURA is Bar」が僕の「バー・ベスト5」だ。

ひとり飲みの店ランキング2019
神林先生の「ひとり飲みの店ランキング2019」より。
▼15位「焼酎処 乙」
2005年開業。珍しい焼酎が揃っている。地元の客や飲食関係者たちが多く集まる店。
▼14位「OGURA isBar」
1998年開業。オーセンティックな雰囲気で、ウイスキーの品揃えがすばらしい大人のバー。
▼13位「田毎」
1966年開業。釜飯屋で飲む。焼鳥も『dancyu』に載る実力。女将は元女子レスラー。
▼12位「コントワール・クワン」
2015年開業。ナチュラルワインバー。パスタ、ピザ、メイン料理が1000円前後から。
▼11位「おにぎり 金太郎」
1972年開業。吉原裏の渋いおにぎり居酒屋。女将さん手製の日毎の惣菜も魅力。
▼10位「呑み喰い処 酔花」
2007年開業。浅草の芸者衆や旦那衆も立ち寄る家庭的な店。靴を脱いでくつろげる。
▼9位「笑ひめ」
2010年開業。愛媛料理の居酒屋。着物に割烹着姿の女将が人気。柑橘系の酒が充実。
▼8位「ペタンク」
2017年開業。「ミシュランガイド東京 2019」ビブグルマン掲載のビストロ。気取らずに料理とワインを。要予約。
▼7位「ちゃこーる」
2013年開業。元「萬鳥(ばんちょう)」の焼き方が開いた。天城軍鶏に仏産鶉、鴨、ジビエもある焼鳥屋。
▼6位「コメジルシ」 
2014年開業。浅草駅地下街のカルト的日本酒バー。店主におまかせのお得なコース制。
(ランキングは、テーマや先生の独断で変動することも多分にあります)
柔らかい照明とジェントルマンなもてなし
柔らかい照明とジェントルマンなもてなし。空間と時間も味わおう。

「OGURA is Bar」のマスター・小倉光清氏は浅草生まれ、吉原育ち。祖父は遊郭を経営していたという。
浅草最古のバーでギネスブック級の蔵酒量を誇る「ねも」で25年以上勤め、1998年にこの店を開店。国内最大のバーテンダーの集まりであるNBA(日本バーテンダー協会)で浅草支部長、常任相談役を歴任する重鎮だ。

「OGURA」はオーセンティックバー(正統派のバー)だ。
オーセンティックバーでは、バーテンダーは白シャツに蝶ネクタイ、バーコートやウエストコート(ベスト)というようなフォーマルな制服を着るのが原則。NBAはその設立の目的に「バーテンダーの技術の練磨と人格の陶冶」と謳っている。バーテンダーにはテクニックだけではなく、人間性も要求されるのだ。
ジェントルで博識な「OGURA」のマスターを見ていると、僕はついつい古谷三敏氏の漫画『BARレモン・ハート』のマスターを思い出してしまう。では、さしずめ僕は「松ちゃん」か? いやいや、男なら「メガネさん」を目指したいものだ。

バーで酒を知る。ひとり飲みを知る。

「OGURA is Bar」。直訳すれば「オグラはバーである」。マスターは語呂の良さをねらっただけとおっしゃるが、僕はこの店名にマスターの「バーのなかのバーを目指す」という志の高さを感じてしまう。
マスターは「仲間と楽しくやりたい時にはショットバー、自分の世界で飲みたい・孤独になりたい時にはオーセンティックバー」だと言う。だから、隣の知らないお客に話しかけることは禁止!バーはマスターとの会話を楽しむ場所、そして「究極のひとり飲みの酒場」なのだ。

スカイボール
“スカイボール”は専用の銅製のマグカップで供されます。ウォッカベースの爽快なカクテルでまず喉を潤うのにふさわしい1杯。

「OGURA」では、とりあえずビール……ではなく、“スカイボール”を頼みたい。「ねも」譲りのウォッカベースのカクテルだ。この店ではビールを注文する人はほとんどいない。

マグの側面には「SMIRNOFF SKYBALL」と刻まれています。
マグの側面には「SMIRNOFF SKYBALL」と刻まれています。
底面にはレシピ
底面にはレシピ。ウォッカメーカーによる往時のノベルティでした。

その後、僕は“ブルーバラライカ”というブルーキュラソーを使った美しいカクテルをいただく。

ブルーバラライカ
ウォッカ、オレンジの果皮から造られるコワントローと2ティースプーンのブルーキュラソー、レモンジュースを合わせた、清涼感溢れるカクテル“ブルーバラライカ”。

そして、何といっても真打はウイスキー。
作家の村上春樹氏は、アイラ島などウイスキーの故郷を訪ねて、『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』(新潮文庫)という紀行文を書くほどのウイスキー愛好家である。そのなかでこんな一文がある。
――もし僕らのことばがウイスキーであったなら(略)。 僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む。それだけですんだはずだ。とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。――
ウイスキーと向き合う感覚、いい得て妙だ。

「アイラ・コース」の3種。左より、終売品の“アードベック スパーノバ”、ボトラーズの“カリラ25y”は限定375本販売のうちの1本、シェリー樽で仕上げた“ポートエレン25y”。
「アイラ・コース」の3種。左より、終売品の“アードベック スパーノバ”、ボトラーズの“カリラ25y”は限定375本販売のうちの1本、シェリー樽で仕上げた“ポートエレン25y”。
こちらは「ストラアイラ 究極コース」。もうめったにお目にかかることはない逸品、1950年代の熟成酒をはじめとする3種がセットに。
こちらは「ストラアイラ 究極コース」。もうめったにお目にかかることはない逸品、1950年代の熟成酒をはじめとする3種がセットに。
セットには、二人以上で注文できる「カクテルコース」5,400円もあり。通常の半量のカクテルを3種・計6杯とお通しが付きます。
セットには、二人以上で注文できる「カクテルコース」5,400円もあり。通常の半量のカクテルを3種・計6杯とお通しが付きます。

「OGURA」はシングルモルトの品揃えがすばらしい。
しかも、年代物の3杯がセットになって1万円というお得なコースがある。
これは1杯ずつ注文すると高くなってしまう希少なウイスキーを3ショットのセットにして客が皆でシェアすることによってリーズナブルに飲める、という大変ありがたいシステムなのだ。
今日は、事前に飲む権利を買っておいた「アイラ・コース」を愉しくいただいた。

グラス
希少なウイスキーは蓋付きのテイスティンググラスに注がれます。立ち上ってくる芳香にうっとり。
グラス
グラスを上から覗けば、コースターに書かれたバーの名が。まさに「オグラはバーである」。
窓からの眺め
雨のせい以上に窓からの眺めがにじんできたら、よい酔いが回ってきた合図。そろそろ帰りましょうか。

マスターにはオチャメな一面があることを書き加えておこう。
「女に言う(メニュー)」には、「当然事」「骨折」「野球首領」など江戸っ子の「判じ絵」のようなナゾナゾが。
さあ何と読むでしょう?
答えが分からない方は、ぜひ来店してマスターからお聞きください(ヒントは、どれもよく目にする「おつまみ」ですよ。答えは次回に発表!)。

――2019年6月7日につづく。

<本日のお会計>
チャージ1,080円。スカイボール1,080円。ブルーバラライカ1,404円。アイラ・コース10,800円(一度の来店で飲み切らずとも、2度や3度の来店に分けて飲むことも可能)。計14,364円也。

店舗情報店舗情報

OGURA is Bar
  • 【住所】東京都台東区浅草1‐43‐7 TIビル7階
  • 【電話番号】03‐3845‐6776
  • 【営業時間】18:00~翌1:00、日曜・祝日は~24:00
  • 【定休日】月曜、第1・3日曜
  • 【アクセス】つくばエクスプレス「浅草駅」より1分

文:神林桂一 写真:大沼ショージ

神林 桂一

神林 桂一 (都立高校国語教師)

教員生活42年。食べ歩き、飲み歩き歴は45年。10年前の都立一橋高校(馬喰町)時代から食のランキング・ミニコミを刊行(おもに職場で配布)。下町エリアを中心に酒場、定食屋、バー、和・洋・中・その他のエスニック料理店と守備範囲は広いが、なかでも“お母さん酒場”には並々ならぬ情熱を持つ。食にまつわる書籍、雑誌、テレビ番組、一般的なランキングサイトなど、リサーチにも余念がなく、自作のデータベースには行った店・約9,200軒を含む1万5,000軒。の店や食の情報が整理されている。毎日早朝6時、デッキや外付けHDD計4台に録りためた番組をチェックすることから1日が始まる。

神林 桂一先生が2020年8月24日に逝去されました(享年66歳)。 神林先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。