食の仕事着。
浅草「ヨシカミ」のコックコートのこと。

浅草「ヨシカミ」のコックコートのこと。

「食の仕事着」シリーズ2回目は、浅草の老舗洋食店「ヨシカミ」へ。「うますぎて申し訳けないス!」の名キャッチコピーの通り、いつ行っても活気と熱気にあふれる店内。支えているのは、この道20年以上のベテランシェフたちだ。

胸元の番号は“背番号”みたいなもの。

ビーフシチュー
愛らしい銀の小鍋で供されるビーフシチュー2,500円は、店の一番人気。ナイフがいらないほどトロトロに煮込まれた国産牛のバラ肉と、仕込みに1週間かける自家製デミグラスソースが好相性。どのメニューも盛り付けが繊細で美しく、量もちょうど良い。気取らないのに実は上品なのが「ヨシカミ」だ。

その店のキッチンでは、10名のシェフが朝から晩まで奮闘している。扉を開けると、「いらっしゃいませー!」という大きな声。ジャーッという炒め物の音や、ガチャガチャと鍋や皿が触れる音がする。ソースや揚げ物の香りが漂ってきて、カウンターには自分の一皿を待つたくさんの背中が並んでいる。今日もここは元気だなあ。しみじみと思い、途端にお腹が鳴る。

厨房のシェフたち
この日のシェフたちは、どの持ち場もこなすというベテラン揃い。仕込みは毎朝6時からスタートして、10時過ぎにシェフたちが出勤。そこから閉店まで、交代で休憩をとりながらフル稼働。

昭和26(1951)年に開店した「ヨシカミ」は、浅草演芸ホールや浅草ROXなどが集まる、かつて浅草六区興行街と呼ばれたエリアにある洋食店だ。終戦から6年後、それまで衣料品店を営んでいた先代が、“これからは洋食の時代だ”と、商船に乗っていたシェフたちを集め、わずか10席のオープンカウンターの店として出発した。
昭和35年に建て替えられた外壁にも使われている白・こげ茶・オレンジのテーマカラーは、学生時代に商業デザインの勉強をしていた現社長で二代目の熊澤永行(くまざわながゆき)さんが、“食欲をそそる色だから”と使い始めたもの。ごはんやソースを思わせるこの三色は、コックコートやホール係のエプロンにも使われている。

外観
外壁にも掲げられた「うますぎて申し訳けないス!」は、浅草商店連合会の人たちが、町の店それぞれにキャッチコピーがあったほうがいいと、洒落で考えてくれたものだという。混雑時は行列ができる人気店。14時以降になると混雑も和らぐのでオススメ。平日の16時以降に限り、若干の予約も可能だ。

コックコートの襟とボタンの部分にオレンジ色の縦ラインが入り、胸元とコック帽には店のトレードマークである口髭のあるコックさんのイラスト入り。このイラストに名前はないそうだが、「みんな“ヨシカミちゃん”って呼ぶね。浅草の人って、仲良くなると“ちゃん付け”で呼ぶんだよ」とは、店長の吾妻弘章さん。
そんな吾妻さんの胸元には、なぜか“13”のナンバー入り。ほかのシェフの胸元にも、それぞれ異なる番号の刺繍がある。はて、それは一体?

胸
昭和59(1984)年に入社、ヨシカミ歴35年という店長の吾妻弘章さん。胸の“背番号”は13番。入社当時は、数字1桁がLサイズ、2桁がMサイズを意味していたそうだ。
袖
「昔のコックコートは、袖が長いのが普通だったんだよ。袖を伸ばして鍋をつかめるようにね。生地も柔道着みたいに分厚かったんだよなあ、火を使う仕事だから安全に身を守れるようにという意味があったんだろうね」

「これはね、うちの“背番号”みたいなもの」と、吾妻さんは言う。
「昔は、うちの店は昼夜二交代制で、1日に20名のコックさんが働いていたんですよ。それで、1番から20番までのコックコートがあったのね。でも、同じコックコートが20枚もあると誰のものだかわからなくなっちゃうし、各自の持ち物として大切に着てもらうために、ひとりずつ決まった番号のコックコートを支給するようになったんです。だから、入社してから退社するまでは、基本的にコックコートの番号は変わらない。ね、野球選手の背番号みたいでしょ?」

ズボン
コックズボンは、旧タイプは上半身と同じく脇にオレンジの縦ライン入りだが、新タイプはラインなしで真っ白。理由は白衣をつくる職人さんが減ってしまったためだとか。オレンジライン入りのズボンを見かけたらラッキーかも?!

コックコートと共に経験を重ねていく。

「ヨシカミ」では、入社すると、まずは米とぎ、料理の付け合わせの盛り付け、野菜の皮むきなどの裏方仕事からスタートする。「表」(おもて)と呼ばれるオープンキッチンの中で鍋を振れるようになるまでは、ひたすら下ごしらえの修業を重ねるのだという。
「最初のうちはコックコートもボロボロになるんだよね、下働きが多いから。でも、長い年月いると、だんだん綺麗なコックコートが増えてくるの。年に2回、2着ずつ支給されるし、少しずつ仕事の内容も“出世”していって汚れ仕事も減ってくるからね」

カツサンド料理中
お土産の定番“カツサンド”1,100円。ご近所の「セキネベーカリー」に注文している食パンは、トーストにするとサクサクで塩っ気があり、ジューシーなカツによく合う。ソースが濃厚なため、間にキャベツを挟むのが「ヨシカミ」流。
カツサンド
注文を受けてからつくる“カツサンド”は、店内でも食べられるが、持ち帰る間に甘辛いソースとカツとパンがさらに美味しく馴染むため、あえてのテイクアウトも◎。

「ヨシカミ」には、20年以上勤務するベテランシェフも多い。「居心地がいいからって?そんなこと、みんなに聞いたことないからわかんないよ」と吾妻さんは謙遜するが、愛する背番号をいつまでもスタジアムで追いかけたいファンのように、カウンターの向こうで鍋を振るシェフたちにはずっと変わらずにいてほしい。やっぱりこの店が元気だと、訪れるたびにホッとするから。

――明日につづく。

椅子
店のトレードマーク「ヨシカミちゃん」を始め、店内の手描きポップなどはすべて現社長の熊澤永行さんが手がけたもの。もちろんコックコートやエプロンも社長がデザインしたものだ。

店舗情報店舗情報

洋食屋 ヨシカミ
  • 【住所】東京都台東区浅草1‐41‐4
  • 【電話番号】03‐3841‐1802
  • 【営業時間】11:45~22:00(L.O.)
  • 【定休日】木曜(祝日の場合は営業、その場合は振替休日あり)
  • 【アクセス】東武伊勢崎線・東京メトロ「浅草駅」より徒歩6分、都営浅草線「浅草駅」より徒歩7分

文:白井いち恵 写真:米谷享

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白井 いち恵(ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。