「食の仕事着」シリーズ2回目は、浅草の老舗洋食店「ヨシカミ」へ。「うますぎて申し訳けないス!」の名キャッチコピーの通り、いつ行っても活気と熱気にあふれる店内。支えているのは、この道20年以上のベテランシェフたちだ。
その店のキッチンでは、10名のシェフが朝から晩まで奮闘している。扉を開けると、「いらっしゃいませー!」という大きな声。ジャーッという炒め物の音や、ガチャガチャと鍋や皿が触れる音がする。ソースや揚げ物の香りが漂ってきて、カウンターには自分の一皿を待つたくさんの背中が並んでいる。今日もここは元気だなあ。しみじみと思い、途端にお腹が鳴る。
昭和26(1951)年に開店した「ヨシカミ」は、浅草演芸ホールや浅草ROXなどが集まる、かつて浅草六区興行街と呼ばれたエリアにある洋食店だ。終戦から6年後、それまで衣料品店を営んでいた先代が、“これからは洋食の時代だ”と、商船に乗っていたシェフたちを集め、わずか10席のオープンカウンターの店として出発した。
昭和35年に建て替えられた外壁にも使われている白・こげ茶・オレンジのテーマカラーは、学生時代に商業デザインの勉強をしていた現社長で二代目の熊澤永行(くまざわながゆき)さんが、“食欲をそそる色だから”と使い始めたもの。ごはんやソースを思わせるこの三色は、コックコートやホール係のエプロンにも使われている。
コックコートの襟とボタンの部分にオレンジ色の縦ラインが入り、胸元とコック帽には店のトレードマークである口髭のあるコックさんのイラスト入り。このイラストに名前はないそうだが、「みんな“ヨシカミちゃん”って呼ぶね。浅草の人って、仲良くなると“ちゃん付け”で呼ぶんだよ」とは、店長の吾妻弘章さん。
そんな吾妻さんの胸元には、なぜか“13”のナンバー入り。ほかのシェフの胸元にも、それぞれ異なる番号の刺繍がある。はて、それは一体?
「これはね、うちの“背番号”みたいなもの」と、吾妻さんは言う。
「昔は、うちの店は昼夜二交代制で、1日に20名のコックさんが働いていたんですよ。それで、1番から20番までのコックコートがあったのね。でも、同じコックコートが20枚もあると誰のものだかわからなくなっちゃうし、各自の持ち物として大切に着てもらうために、ひとりずつ決まった番号のコックコートを支給するようになったんです。だから、入社してから退社するまでは、基本的にコックコートの番号は変わらない。ね、野球選手の背番号みたいでしょ?」
「ヨシカミ」では、入社すると、まずは米とぎ、料理の付け合わせの盛り付け、野菜の皮むきなどの裏方仕事からスタートする。「表」(おもて)と呼ばれるオープンキッチンの中で鍋を振れるようになるまでは、ひたすら下ごしらえの修業を重ねるのだという。
「最初のうちはコックコートもボロボロになるんだよね、下働きが多いから。でも、長い年月いると、だんだん綺麗なコックコートが増えてくるの。年に2回、2着ずつ支給されるし、少しずつ仕事の内容も“出世”していって汚れ仕事も減ってくるからね」
「ヨシカミ」には、20年以上勤務するベテランシェフも多い。「居心地がいいからって?そんなこと、みんなに聞いたことないからわかんないよ」と吾妻さんは謙遜するが、愛する背番号をいつまでもスタジアムで追いかけたいファンのように、カウンターの向こうで鍋を振るシェフたちにはずっと変わらずにいてほしい。やっぱりこの店が元気だと、訪れるたびにホッとするから。
――明日につづく。
文:白井いち恵 写真:米谷享