「ヨシカミ」名物とも言えるオープンキッチン。日常使いもハレの日使いも軽やかにこなす、このキッチンが生まれた背景には、実に浅草らしい理由があった。
「ヨシカミ」に行ったことのある人の中には、オープンキッチンの「分業制」を褒める人が多い。「洋食店だけど和食の板場みたいに持ち場があって面白い」とか、「テキパキした仕事風景を見たいからカウンターに通されると嬉しい」とか。私もそのひとりだ。
オープンキッチンの中には常時10名のシェフがいて、それぞれが異なった仕事をしている。
「ストーブ前」と呼ばれる鍋を振る係2名、サラダやカツサンドをつくる係1名、ディッシュアップがなまった「ディシャップ」と呼ばれるオーダーを通して料理を配膳する係が1名、そのほかに各持ち場をフォローする人、洗い場担当などがいる。それぞれ料理をつくりながら接客も行い、仕込みもしながら交代で休憩を取るためには、10名という人数はどうしても必要なのだ。さらに忘れてはならないのは、オープンキッチンの中にいないだけで店の奥には黒子の下ごしらえ係もいる。ホール係も加えて、毎日正午前の開店から22時のラストオーダーまで、57席を連携プレーでカバーする。
ところでこのオープンキッチン、実に浅草らしい理由でこの形になったという。ヨシカミ歴35年、店長の吾妻弘章さんは言う。
「風営法の関係で深夜0時以降の営業が禁止されるまでは、浅草っていわゆる大人の街だったんだよね。この辺りも全部キャバレー街だったの。それで、だいたい22時くらいにキャバレーが閉まると、飲ん兵衛のお客さんたちが女性を連れてうちの店に流れ込んでくるんだよね。だから昔は夜中の1時、2時まで営業してたの。お客さんは酔っ払ってるから、その場ですぐにお金をやりとりしないと、払ったかどうかがわからなくなっちゃうじゃない?だからオープンキッチンにしたらしいよ」
なんとも下町らしい、豪快でおおらかなエピソードだ。
「全部、アイデアなんだよね。10名シェフがいるのも、分業制にしてきちんと休憩を取りながら店を回すためだし、セットメニューに力を入れているのも食材に無駄が出ないようにするため。最近は女性のお客様が増えたので、過ごしてもらいやすいように細かな配慮をしたりとかね。こう見えて、時代に合わせて変えていってるんだよ」
かつてキャバレー街だった頃が嘘のように、ランチタイムにはカウンターが全員女性客なんてことも多いという。
「うちの店は、厨房の熱気が伝わらなくなったら、ただのボロいだけの店になっちゃいますからね(笑)。お店の熱気が、食事をするお客さんの気持ちも高揚させているんじゃないかなって思います。いまは洋食店もいろいろ専門店化しているけど、うちはメニューの豊富さが売りだからね。ごはんにもパンにもお酒にも合う味付けを心がけて、いつ誰が来ても、『何でもあってどれを食べてもおいしい』って言われるように、技術を磨いていきたいですね」
名キャッチコピー「うますぎて申し訳けないス!」は、決して上っ面だけの言葉ではなく、その通りの店でありたいと願う選手宣誓のようなものかもしれない。
「ヨシカミ」のみなさん、これからも応援してるス!
おわり。
文:白井いち恵 写真:米谷享