ルビーを思わせる鮮やかな色合いのジャックローズ。冬のカクテルの代表格である。このカクテルが飲めるのは3月上旬まで。弥生。冬の名残と春の到来を感じながら、マスターの言葉に耳を傾ける。
グラスひたひたに注がれたルビー色の液体。その美しさに軽いため息がこぼれる。シェイクをしたてのジャックローズは表面に軽い泡が立ち、グラスの脚に手を触れるそばから喉が鳴る。
このカクテルが登場するのは、毎年10月の後半頃。艶のある輝きを放つざくろの実をたっぷりと搾って惜しげなく使うので、果実本来の味わいがカクテルの仕上がりを大きく左右する。
秋口は、その頃に旬を迎えるアメリカのカリフォルニア産を。酸味があってキュッと口がすぼまるような味わい。晩秋から冬へと向かえば、イラン産に変わる。
「お砂糖は入っていません。濃厚な甘さは自然のままです」という言葉を添えて差し出されても、ひと口飲めば「ほんとに?」と聞き返したくなるような甘味。
冬が本格化するほどに、濃密な味わいへと変化を遂げる。移り変わる季節とともに愉しめるのも、味わいどころである。
「ざくろの果汁は、実を一粒一粒外して大きなボウルに入れまして、布巾で包んで搾っていくんです。とても手のかかる作業です。せっかく搾ったこのジュースを、色づけ程度に使うのではなくたっぷり召し上がっていただきたい。だから、量もたっぷり入るシャンペングラスに注いでいます。見た目のよさを重視したらそうなったのです。口元を近づけたときにふわりと漂う華やかな香りも愉しんでください」
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五