ラムベースの爽快なロングカクテルは夏にさっぱりと飲むのにもいいが、乾燥した冬に味わうのもまた別のよさがある。それは、柑橘が香る「EST!」の“ボストンクーラー”ゆえのこと。
酉の市が終わった翌日は、「EST!」の名物カクテル、温かい“アイリッシュコーヒー”の解禁日だ。
テーブル席の壁に掛けられるタペストリーが、アイリッシュコーヒーを愉しむ白髭の男性の絵柄に変わったら、「アイリッシュコーヒー始めました」の合図である。
冷え込む季節になってきたなら、本来温かいカクテルで体を温めたいところ。けれど、乾燥した冬の空気にさらされた1日の終わり、1杯目は爽快なロングカクテルもいい。
たとえば“ボストンクーラー”。柑橘が香る清涼感のあるものなんてぴったりだ。
レモンの酸味とほのかな甘味。ラムの香りとそれをまとめる炭酸の爽快感。
冷たいロングカクテルは暑い季節に愉しむのがうってつけだけれど、乾いた喉や細胞にしみ渡るようなおいしさがある。
マスターの渡辺昭男さんが教えてくれた(現在マスターはリハビリ中で、バーは息子の宗憲さんが守っています)。
「アメリカ西部のデトロイトという工業地帯にある『ボストン大通り』のアイスクリーム屋から発祥したので、この名前がついたと聞きます。はじめは、ジンジャーエールの上にクリームを浮かべただけのノンアルコール。それからクリームの代わりにアイスクリームを浮かべるようになり、やがてアルコールの入るカクテルとして広まったようです」
ボストンクーラーはラムがベースのカクテルで、レモンジュースが入り、ジンジャーエールでアップして完成だ。
ジンジャーエールの代わりに炭酸水を用いるところもあるが、オレンジピールが登場するのが珍しい。
「オレンジピールの香りをまとわせると香りが豊かになるし、見た目もいいでしょう」
マスターの言葉どおり、このカクテルのオーダーが入ると、カウンターは一瞬でオレンジのアロマに包まれる。
味や酔いだけでなく、爽やかな香りでも潤いをもたらしてくれるカクテルである。
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五