東京・新大久保「イスラム横丁」をゆく。
レッツゴー、イスラム横丁!

レッツゴー、イスラム横丁!

新大久保のイスラム横丁ってどんな場所?日本語が通じない?怖いガイジンがたむろしてる?ううん、そんなことはどうでもいいのだ。たとえば、ロンドンやニューヨークから音楽、ファッション、もちろん食の分野でも、アグレッシブで素晴らしい多国籍な文化が生まれてきていることは周知の事実。それが日本でも、イスラム横丁を起点に起こりつつあるとかないとか。百聞は一見に如かず。そうだ、イスラム横丁に行こう!と、その前にイスラム文化と、新大久保という町の予習をしましょうかね。

あなたの知らないイスラム横丁。

ある日のこと。dancyu web編集部の星野さんからこんな電話をいただいた。
「新大久保のイスラム横丁を取材してみませんか」
なぜ私に?とギモンに思ったものの面白そうだったので、もう少し詳しく聞いてみたくなった。

星野さんの話をまとめると、こんな感じだ。

  • 東京の新大久保は韓流ブームを経て、細分化した町へと変化しつつある
  • 特にイスラム圏の食材を扱うお店が増えていて、スパイスはもちろんのこと、豆、羊や山羊の肉なども扱っているらしい
  • 築地市場が閉鎖された今、豊洲まで足をのばすのもいいけれど、未知なる味を探しに、年末の買い出しはイスラム横丁に出かけてみませんか

......と、いうことらしい。

骨付き山羊肉
ハラルフード店で買い出しをする人のカゴの中には、骨付き山羊肉がどっさり。イスラム横丁の日常風景。
ネパール食材店
ネパール食材店のレジ前。小物やライティングが凝っていて、妙にアーティスティック。

世の中知らないことだらけ。イスラム圏の食文化のことも、私にはほとんど知識がない。新しい味に触れる絶好のチャンスかもしれない。星野さんには「喜んで!」とお返事した。

バングラデッシュ系ショップ
こちらはバングラデッシュ系ショップ。スパイスや豆類のほかに、タイやベトナムなどのソース類も多くそろう。
空調システム
匂いの強いアイテムを多く取り扱うため、空調システムにも工夫が光ります。

しかし。なぜ私に?というギモンは拭えていない。
ちなみに、好きか嫌いかと問われたら、個人的にイスラム圏の国もイスラム的な考え方も「好き」である。

2011年3月11日。東日本はたいへんな災害に見舞われた。
福島原発の事故のこともあり、さまざまな国の人たちが自国へと帰って行った。イギリスやフランスの政府が東京を含む東日本に居住・滞在している自国民に対して国外退避の検討を勧告したのをはじめ、欧米各国が日本への渡航を自粛・制限した。微笑みの国タイでさえ、一時的な離日を勧告したほどだ。銀座の高級中華料理店では、「従業員がみんな中国に帰ってしまって困っている」と日本人スタッフが嘆いていた。
そんななか、率先して東北地方に出向き、カレーの炊き出しをしてくれたのがパキスタン人をはじめとするムスリム(イスラム教徒)だった。
特にパキスタン人の言葉を、私は忘れられない。「2005年のパキスタン大地震の時に、日本の自衛隊が一番にやってきて、私たちを助けてくれた。その恩は忘れない」と。鍋中のカレーをおたまでかき混ぜながら、にこやかに答えていた彼をテレビで見て、私は涙があふれた。
ほかにも、128年前におこった「エルトゥールル号遭難事件」の恩を今でも語るトルコ人にも、感謝の心の深さを感じる。「相互扶助」という言葉を知ったのはインドネシアの「ゴトン・ロヨン」という慣習がきっかけだったし、「喜捨」についても、「ザカート」や「サダカ」といったイスラムの教えから認識した言葉だ。

シムフリーのスマホやタブレット
シムフリーのスマホやタブレットを店先で販売するのが、ハラルフード店の基本スタイル。
イスラム横丁入口
イスラム横丁入口近くのショップ。入口にはiPhone即日修理のポップアップコーナーが。
新大久保という町の変遷
新宿職安通り北側から新大久保にかけてのエリアは、コリアンタウンとして知られている。もともとコリアンタウンは歌舞伎町の中にあったが、2002年の日韓W杯と、2003年から展開された歌舞伎町浄化作戦をきっかけに、違法営業店が淘汰され、 新大久保で、ポジティブな変化を遂げた。しかし「韓流ブーム」が過ぎ去った今、新大久保はバングラデッシュ、インド、ミャンマーなどさまざまな人種が集まる、マルチカルチャーな町へと 姿を変えつつある。 現在、多国籍化が進むこの町の人々の生活を支えているのが、イスラム横丁なのだ。

そして、男性たちの顔色がみるみる青くなった。

と、こんなにも国や文化をリスペクトしているにも関わらず、情けないことに私はイスラム圏の国で「大ポカ」をやらかしている。
大学の卒業旅行で訪れたマレーシアの首都・クアラルンプールでは、これからサラート(礼拝)が始まるモスクに女ふたりでずかずかと乗り込み、男性信者たちから鬼の形相で「出て行け!」と怒鳴られた。

日用品
食材以外に日用品も取りそろえられる。こちらはアフリカン用と思われる、ヘアケア商品コーナー。
ジャレビ
冷蔵庫で売られる、見るからに甘そうなインドのお菓子ジャレビ。450円。店全体の価格帯からするとなかなかいい値段。

ピラミッドで有名なエジプト・ギザのホテルでは、男性スタッフにアラビア語で下ネタを言い、ドン引きさせたことがある。
30歳のときだ。当時の旅のツレ()がホテルの両替商の男たちに、自分が知っているアラビア語をぽつぽつと話し出したところ、下ネタで大受けしたのだ。具体的な単語は伏せておくが、下半身の部位だったり、卑猥な言葉だったり、要するに小学生や中学生男子が好みそうな単語なのだが、大の大人たちが腹を抱えてゲラゲラ笑っているのを、はじめは(中2かよ)と冷ややかに見ていた私だった。が、両替商の前を通るたびに呼び止められ、下ネタで笑わせる日本男子の人気は鰻登りで、私は羨ましくなり、ツレが発した言葉をつい真似して言ってしまったのだ。すると、さっきまで体をよじらせながら大笑いしていた男性たちの顔色がみるみる青くなり、瞬きもせずじっと私の顔を睨みつけ、体を小さく震わせながら、その場から静かに立ち去ったのだ。
ひとりだけ、気の弱そうなフレディ・マーキュリー似の男性が唇の前に人差し指で「×」の印をつくりながら、「lady, no. lady, no」と首をふって諭してくれたが、彼らのリアクションで十分に理解できた。女性が下ネタを発するのは「下品な行い」であり、それは世界共通だ。しかし、これほどまでにドン引きされるとは正直思ってもみなかった。

米
米だけとってもこの品揃え。バスマティ米、タイ米それぞれにグレードがあり、エイジングの期間などでも値段は大きく変わる。スタッフさんは、値段や品質特性を、即座に日本語で教えてくれます。
ムング豆とマスール豆
店前に並ぶセール品はムング豆とマスール豆。4割、6割引は当たり前。

これらの失敗はすべて、私の無知によるもので、無知でなければこんなポカはしなかったはずだ。とはいえ、この世は知らないことだらけ。「無知の泉」から抜け出すことなどほぼ不可能だ。だとすると、私に足りなかったのは「敬意」と「想像力」だったのかもしれない。

イスラム横丁の取材、本当に大丈夫だろうか......。

あんなことやこんなことが頭の中でぐるぐるもやもやと渦巻き、あまり自信を持てないまま、JR新大久保駅へと向かった。

――つづく。

羊の脳みそ
冷凍庫に並ぶ、羊の脳みそ。インターネットでは「日本では入手困難」とされているが、ここでは850円也。
「ハラルフード」とは?
イスラーム法において合法な物事を意味する「ハラール」。日本では「ハラル」と表記される。イスラム教の教典であるクルアーンは、死肉、豚肉、アッラー以外に捧げられた不浄物、アルコールなどを禁じている。また、イスラム法で定められたやり方で屠殺されなければいけない“陸の動物”など、そのほかの食品でも作法が要求され、これに沿ったものがハラルな食べ物=ハラルフードとされる。

出典:阿良田麻里子『食のハラール入門 今日からできるムスリム対応』(講談社)2018年

文:佐々木香織 写真:阪本勇 イラスト:UJT(マン画トロニクス)

佐々木 香織

佐々木 香織 (ライター)

福島出身の父と宮城出身の母から生まれ、東北の血が流れる初老の編集ライター。墨田区在住。食べることと飲むことが好き。お酒は何でも飲むが、とくに日本酒と焼酎ラヴァー。おもな仕事は新聞やウェブでの連載、雑誌や書籍の編集・取材・執筆。テーマは食べもの、お酒、着物など。