新大久保のイスラム横丁ってどんな場所?日本語が通じない?怖いガイジンがたむろしてる?ううん、そんなことはどうでもいいのだ。たとえば、ロンドンやニューヨークから音楽、ファッション、もちろん食の分野でも、アグレッシブで素晴らしい多国籍な文化が生まれてきていることは周知の事実。それが日本でも、イスラム横丁を起点に起こりつつあるとかないとか。百聞は一見に如かず。そうだ、イスラム横丁に行こう!と、その前にイスラム文化と、新大久保という町の予習をしましょうかね。
ある日のこと。dancyu web編集部の星野さんからこんな電話をいただいた。
「新大久保のイスラム横丁を取材してみませんか」
なぜ私に?とギモンに思ったものの面白そうだったので、もう少し詳しく聞いてみたくなった。
星野さんの話をまとめると、こんな感じだ。
......と、いうことらしい。
世の中知らないことだらけ。イスラム圏の食文化のことも、私にはほとんど知識がない。新しい味に触れる絶好のチャンスかもしれない。星野さんには「喜んで!」とお返事した。
しかし。なぜ私に?というギモンは拭えていない。
ちなみに、好きか嫌いかと問われたら、個人的にイスラム圏の国もイスラム的な考え方も「好き」である。
2011年3月11日。東日本はたいへんな災害に見舞われた。
福島原発の事故のこともあり、さまざまな国の人たちが自国へと帰って行った。イギリスやフランスの政府が東京を含む東日本に居住・滞在している自国民に対して国外退避の検討を勧告したのをはじめ、欧米各国が日本への渡航を自粛・制限した。微笑みの国タイでさえ、一時的な離日を勧告したほどだ。銀座の高級中華料理店では、「従業員がみんな中国に帰ってしまって困っている」と日本人スタッフが嘆いていた。
そんななか、率先して東北地方に出向き、カレーの炊き出しをしてくれたのがパキスタン人をはじめとするムスリム(イスラム教徒)だった。
特にパキスタン人の言葉を、私は忘れられない。「2005年のパキスタン大地震の時に、日本の自衛隊が一番にやってきて、私たちを助けてくれた。その恩は忘れない」と。鍋中のカレーをおたまでかき混ぜながら、にこやかに答えていた彼をテレビで見て、私は涙があふれた。
ほかにも、128年前におこった「エルトゥールル号遭難事件」の恩を今でも語るトルコ人にも、感謝の心の深さを感じる。「相互扶助」という言葉を知ったのはインドネシアの「ゴトン・ロヨン」という慣習がきっかけだったし、「喜捨」についても、「ザカート」や「サダカ」といったイスラムの教えから認識した言葉だ。
と、こんなにも国や文化をリスペクトしているにも関わらず、情けないことに私はイスラム圏の国で「大ポカ」をやらかしている。
大学の卒業旅行で訪れたマレーシアの首都・クアラルンプールでは、これからサラート(礼拝)が始まるモスクに女ふたりでずかずかと乗り込み、男性信者たちから鬼の形相で「出て行け!」と怒鳴られた。
ピラミッドで有名なエジプト・ギザのホテルでは、男性スタッフにアラビア語で下ネタを言い、ドン引きさせたことがある。
30歳のときだ。当時の旅のツレ(♂)がホテルの両替商の男たちに、自分が知っているアラビア語をぽつぽつと話し出したところ、下ネタで大受けしたのだ。具体的な単語は伏せておくが、下半身の部位だったり、卑猥な言葉だったり、要するに小学生や中学生男子が好みそうな単語なのだが、大の大人たちが腹を抱えてゲラゲラ笑っているのを、はじめは(中2かよ)と冷ややかに見ていた私だった。が、両替商の前を通るたびに呼び止められ、下ネタで笑わせる日本男子の人気は鰻登りで、私は羨ましくなり、ツレが発した言葉をつい真似して言ってしまったのだ。すると、さっきまで体をよじらせながら大笑いしていた男性たちの顔色がみるみる青くなり、瞬きもせずじっと私の顔を睨みつけ、体を小さく震わせながら、その場から静かに立ち去ったのだ。
ひとりだけ、気の弱そうなフレディ・マーキュリー似の男性が唇の前に人差し指で「×」の印をつくりながら、「lady, no. lady, no」と首をふって諭してくれたが、彼らのリアクションで十分に理解できた。女性が下ネタを発するのは「下品な行い」であり、それは世界共通だ。しかし、これほどまでにドン引きされるとは正直思ってもみなかった。
これらの失敗はすべて、私の無知によるもので、無知でなければこんなポカはしなかったはずだ。とはいえ、この世は知らないことだらけ。「無知の泉」から抜け出すことなどほぼ不可能だ。だとすると、私に足りなかったのは「敬意」と「想像力」だったのかもしれない。
イスラム横丁の取材、本当に大丈夫だろうか......。
あんなことやこんなことが頭の中でぐるぐるもやもやと渦巻き、あまり自信を持てないまま、JR新大久保駅へと向かった。
――つづく。
文:佐々木香織 写真:阪本勇 イラスト:UJT(マン画トロニクス)