2019年3月号日本酒特集で紹介した、23区唯一の酒蔵「東京港醸造」。dancyuとのコラボ酒として、オリジナルの「江戸開城×dancyu “All Tokyo”」を醸してもらいました!その造りを取材し、出来上がるまでを2本立てでお送りします。
東京23区で唯一の酒蔵は、港区のビルが立ち並ぶ一角にある。訪れたのは3月の初め、まだ肌寒い早朝8時。間口が狭いため、「東京港醸造」の看板と杉玉がなければ、通り過ぎてしまうほどコンパクトな建物だ。
ビルの4階に上がると、ベランダに設置された甑(こしき)からは白い湯気がビルの間から空へ向かって立ち上り、仕込み用の米が蒸されている最中だった。
ご存じの方もいるかもしれないが、東京港醸造はリボーン(復興)蔵だ。
創業は1812年の江戸末期、造り酒屋の「若松屋」として現在の港区芝で開業。薩摩藩の御用達となり繁盛するが、明治末期、後継者問題や酒税の強化などが重なり廃業を余儀なくされ、1909年、100年弱の歴史に幕を閉じた。
それから約100年、若松屋七代目となる元来酒好きだった斎藤俊一さんが、歴史と伝統のある蔵を復興させようと決意。杜氏には、伏見の大手酒蔵がつくった東京・お台場の小規模ブルワリーで酒造りをしていた寺澤善実さんを招聘し、2011年からどぶろくとリキュールで造りをスタートさせた。日本酒の酒造免許がなかったための苦肉の策ではあったが、どぶろくは「上槽(搾り)」しないだけで、造り方は清酒と同じ。研究熱心な寺澤さんは小規模なスペースでいかに効率的においしい日本酒を造るか、以前から考えていたさまざまなアイデアの実現に向けて動き出した。その間に、斎藤社長は酒造免許をもつ廃業した蔵を買収する形で免許を取得。満を持して、2016年から本格的な日本酒造りが始まり、「江戸開城」という新たな東京の地酒が誕生した。
酒造免許取得後に、斎藤社長の住居だった4階建てビルを改装。全国でも最小規模の酒蔵が完成した。限られたスペースのため、上から下へ効率よく酒造りが行なえるよう動線が工夫され、濾過や調合(ブレンド)、加水などの工程は省略。純米吟醸の原酒を基本にし、すべて新酒での販売だ。「四季醸造で、小仕込み用タンクに毎週1本ずつ、米違いや酵母違いなどさまざまなお酒を造っています」(寺澤さん)。
定番酒は雄町、山田錦、愛山を使った、純米吟醸の原酒。さらに最近は東京産の原料のみを使った酵母違いの「All Edo(オール江戸)」や「All Tokyo(オール東京)」も発売。酒造免許取得前から造っているどぶろくや梅酒なども定番の人気商品となっている。
そして、現在仕込み中の「江戸開城×dancyu “All Tokyo”」は、「dancyu祭2022」のために造られたオリジナル商品だ。4年前に発見されたばかりのtokyo酵母と、東京産の米、東京の水道水(中硬水)を使用。それに加えて、酒母は蔵独自の「生酛速醸」で仕込む設計となっている。
tokyo酵母は、日比谷公園の花壇で花の蜜を集めていたハナバチから採取されたもの。東京バイオテクノロジー専門学校の卒業研究で、「江戸開城」にふさわしい酵母をと、北の丸公園の石垣や大名屋敷跡の日比谷公園の草や樹皮など約300か所から採取した酵母の中から、優良酵母として選別された18株のうちの一つだ。2021年2月から、「江戸開城」の「All Tokyo」に使われている。
寺澤さんによると、「発酵力は結構強く、香りは穏やかで酸度が高くなる傾向があります」とのこと。たしかに「All Tokyo」は、爽やかな酸でキレがあり、後味スッキリな印象だ。オリジナル酒も、似たような酒質になるのだろか、期待が高まる。
原料米のメインに使われるのはキヌヒカリという品種で、コシヒカリの性質を受け継ぐ飯米だ。食べればもっちりとして甘味もあるお米で、心白が少しあるため酒造用にも使われている。東京の多摩地区で生産されているが、収穫量が少なく、希少価値が高い。
そんなキヌヒカリを麹米としても使用しているが、粒自体は硬めのため、洗米後に水につける時間や製麹の時間は通常の米より長くしたという。それでも、米がとけにくいので、もろみを搾ったあとの酒粕は多く、できあがりの酒は通常より若干少なくなる予定だ。その分、限定度がアップするので、購入希望の方は日本酒コーナーへ急ぐべし!
「生酛速醸」は、寺澤さんが研究を重ねてたどりついた酒母の製法だ。酒母を造るとき、「速醸」では醸造用の乳酸を添加し、「生酛」では自然に乳酸菌が繁殖するのを待つが、「生酛速醸」では乳酸を自家培養して投入するため、速醸と同じ2週間ほどでできあがる。まさに、生酛と速醸のミックス製法であり、東京港醸造で生まれたのだ。この製法は「Palla-Casey(パラカセイ)」という商品でも使われているが、それ以外で使われるのは「江戸開城×dancyu “All Tokyo”」が初となる。
酒母を生酛速醸で仕込むところを見させていただいた。酒母タンクに、水、麹米、自家培養の乳酸を入れたあと、蒸米を投入してから、全体を手でよくかき混ぜる。最後に酵母を入れたら仕込みは終了だ。このあと、2週間ほどで酒母が完成したら、大きなタンクでもろみ造りに使われる。
~2週間後~
その仕込みも3月18日に無事終了。今は、大都会の片隅のタンクの中で、プツプツと日々アルコール発酵が進み、甘く魅惑的な香りが漂い始めたころだろうか。果たしてどんな日本酒ができあがるのか、ワクワクしながら待つとしよう。上槽(搾り)は今のところ4月半ばの予定だ。上槽(搾り)と搾りたてのお酒の様子は後編としてお届けする。乞うご期待!
文:小宮千寿子 撮影:牧田健太郎