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「ハッピー太郎醸造所」のおおらかな酒造り/クラフトSAKE醸造所訪問レポート ネオどぶろく・後編

「ハッピー太郎醸造所」のおおらかな酒造り/クラフトSAKE醸造所訪問レポート ネオどぶろく・後編

「どぶろく」はそのうんと昔、「農家の酒」として庶民に親しまれていました。この酒が今、「クラフトSAKE」のひとつとして再びスポットが当たっています。新時代の造り手がクリエイトする「新しいどぶろく」の世界とは?

甘酒の感覚で自由に醸す、幸せの低アルどぶろく「something happy」

どぶろく造
左から2本が副原料入りの「something happy」。色も香りもいちご感全開の「苺屋はな」(左/2,530円)、和ハッカならではの清涼感ある香りが素敵な「赤丸薄荷」(右/2,310円)。/キツネがモチーフのラベルの絵は、「ハッピーどぶろく」(右2本)と同じ、蔵近くの里山在住の切り絵作家、早川鉄兵さんの作品。

デビュー1年を経ずして、「飲みやすい」「やみつきになる」「どぶろくのイメージが変わった」と評判を呼ぶハッピー太郎醸造所の“ハッピーどぶろく”。さらにその定番を超える売れ筋商品はといえば、数量限定で不定期に仕込む「something happy」のシリーズだ。
タイトルが示すとおり、農産物の“何か=something”を主役に仕立て、どぶろくとのコラボでハッピーな飲み心地を体現。フルーツやハーブ、お茶など、副原料の香りや甘味、酸味の個性が全開の、飲みやすく、親しみやすい味わいで全国に熱狂的なファンをもつ。
日本酒の酒蔵で13年もの酒造経験をもつ池島さん。副原料を入れることに最初から全く抵抗がなかったといえば、「嘘になります」と笑う。

副原料の農産物が主役

赤丸薄荷
副原料に使っている北海道産在来和種「赤丸薄荷」。西洋ミントの野性的な香りとは趣を異にする、清楚で上品なハーブ香。煮汁をもろみに加え、葉をもろみに浸漬させるドライホッピングを併用。

「けれど、発酵料理の世界では甘酒にフルーツを入れるのは当たり前のこと。糀屋のどぶろくなんだから、同じようにフルーツ味があってもいいし、米麹の生かし方を学び直すつもりでつくればいいのかな、と。今はむしろ、お米以外の生産者とつながれる広がりに面白さを感じます。米だけでは絶対に出ない香りをもろみに感じて、『おおっ!』と心が躍る瞬間も。酒蔵にいたら、まずできない経験ですよね(笑)」

イチゴ甘酒スムージー、ホットの生姜甘酒
ハッピー太郎醸造所の甘酒を使ったイチゴ甘酒スムージー、ホットの生姜甘酒。「湖のスコーレ」で飲むことができる。

副原料の選択については、常に生産者との必然的な縁が軸になる。たとえば、いちごのどぶろくはコロナ禍で余った冷凍いちごの生産者と出会い、救済策として考案したレシピ。ハーブティーを仕込み水代わりに使う1本は、広島の気鋭のハーブ農家「梶谷農園」からフレッシュハーブが送られ、新鮮なうちに使い切ろうと知恵を絞ったのがきっかけだった。北海道の希少な在来和種「赤丸薄荷」は、イベントでつながった知人から農家を紹介されて実現。慣れない副原料の割合や使い方については、クラフトビールの造り手に聞いては試行錯誤を繰り返し、完成形に近づけてきた。
「農家さんに対する使命感から、使う量はどっさり、たっぷり。『入れすぎ文化』だって、いつもいわれます(笑)」

自家製の甘酒を仕込みに使用

甘酒
「something happy」も甘酒仕込みが基本形。糖分を含む甘酒を多めに加えることで発酵のスピードが安定し、米をゆっくり溶かしながら、やさしい甘味を引き出す効果にもつながる。

自家製の甘酒を仕込みに使い、白麹を併用して酸の爽やかさを引き出す「ハッピーどぶろく」の基本製法は、「something happy」でも同様だ。
「どぶろくは発酵が進みすぎると、苦みやえぐみが出て飲みにくくなる。特に、ここの仕込み水はミネラル分が多い硬水なので、発酵のスピードも超速レベル。途中で甘酒を加えることで発酵が安定し、減ってしまった甘さや物量をいい感じに補えます。発酵の時間を元に戻す感覚ですね」
以前働いていた酒蔵では酵素甘酒を加える四段仕込みの酒を造っていたが、糀の甘酒を使うところが池島さんのオリジナル。
「どーんとつくった甘酒をもろみに足して発酵させて、途中で副原料を入れるだけ。発酵温度は高めの25℃で、ほぼコントロールも必要なし。それほど複雑なことはしていないんです(笑)」
「somethong happy」では副原料の香味や個性に合わせ、黄麹と白麹の麹バランスを調整。甘酒を多めに配分し、よりまろやかな甘味と酸味、クリーミーなテクスチャーを調和させながら、飲みやすく体にもやさしい5~8%の低アルコールに仕上げている。
「重さのない軽やかな飲み口で、どぶろくに対する警戒心を解いてもらえたら。『something happy』には、そんな目的もありました」と池島さん。その手ごたえは、すでにしっかり感じているようだ。

「発酵でつなぐ、しあわせ」―飲める人はどぶろく、飲まない人は味噌汁を

味噌や塩麹、ドレッシングなど
醸造所の店頭で味噌や塩麹、ドレッシングなどが購入できるほか、チーズケーキやフロマージュなどのコラボ商品も「湖のスコーレ」オリジナルとして店内で販売されている。

週末には家族連れの姿も目立つ「湖のスコーレ」。ハッピー太郎醸造所がクラフトサケの“酒蔵”だと知る人は、まだそれほど多くないかもしれない。店頭の冷蔵ケースには、どぶろくと一緒に甘酒や手作り味噌、塩麹などが並び、タイミングがよければ、これも池島さんの自家製による滋賀湖北の伝統発酵食「鮒ずし」が商品に加わることも。

鮒ずし
池島さんが丹精を込めて仕込む滋賀の伝統発酵食「鮒ずし」。ハッピー太郎醸造所の鮒ずしは、卵がない雄のニゴロブナを使う。どぶろくと同じ自然栽培米の玄米で漬け込む贅沢な一品。乳酸発酵が回り、チーズのような香りを放つ“飯(いい)”の味わいも絶品。腹にも詰めてある。

米麹を通してつながる心地よさを

カフェメニュー
「湖のスコーレ」のカフェでは、店頭で販売しているオリジナル発酵食品をメニューにのせて提供。ハッピー太郎醸造所の白味噌とのコラボによる「味噌フロマージュ」も乗る。

温かい甘酒をすする小さな子供の背後で、おいしそうにグラス入りの「ハッピーどぶろく」を飲むお父さんの姿があった。なんとも平和で、ほっこりする光景だ。
「酒蔵にいた頃は、酒を飲む人だけが相手の世界。というか、そもそもこの世に酒が飲めない人がいるという頭がなかった」と話す池島さん。それだけ精緻な麹づくりに没頭していたということなのだろう。しかし、糀屋になってみると、そこには全く違う世界の広がりがあることに気付いた。
「味噌も塩麹も甘酒も普通に手作りしている人が多くて、発酵と聞くと誰もがパッと目を輝かせる。発酵が好きな人がこんなにいる! 発酵食はみんなのものなんだな、と実感しました」

カフェメニュー
鮭と季節野菜のマカロニグラタン(1,350円)
酒粕の風味を効かせた熱々グラタン。具材のラタトゥイユにもハッピー太郎醸造所の白味噌を使用。
カフェメニュー
「近江牛の伊吹山発酵カレー」(1,350円)
酒粕と熟成味噌が香るスパイシーなカレー。鮒ずしの“飯(いい)”のクリームチーズ和えを混ぜながら食べる。
カフェメニュー
米麹チーズケーキ(580円)
ハッピー太郎醸造所の米糀を甘酒と生クリームで炊き、オリジナルのフレッシュチーズもプラス。濃厚なコクがありながらも自然な甘味で後を引くおいしさ。

同時に、こうも考えた。お酒も米麹仲間なのだから、同列に置くのが自然ではないのか。甘酒を飲む子供に、「その甘酒がぶくぶく発酵すると、このどぶろくになるんだよ」と教えてあげられたら、それはとても意味があることではなかろうか、と。
「もっとシンプルに『飲みたい人はどぶろく、飲めない人は味噌汁』でもいい。そんなゆるさで、米麹を通してつながる心地よさを、この場所から伝えていけたらいいなと思っているんです」

池島さん
琵琶湖の自然を愛し、休日には趣味のキャンプを楽しむという池島さん。どぶろくの酵母はすべてに協会6号を使用しているが、「6号酵母由来の香りは水や草に合う。キャンプで違和感がないのが6号の酒」というのがその理由。「いつかは琵琶湖のほとりで酒を飲むイベントも企画したい。ハーブティーや薄荷の『something happy』なんて、草いきれの中で飲むと最高です!」

ハッピー太郎醸造所
【住所】滋賀県長浜市元浜町13番29号 湖のスコーレ内
【URL】https://happytaro.jp/
【アクセス】JR「長浜駅」より徒歩7分

文:堀越典子 写真:佐伯慎亮

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