dancyu3月号「日本酒」特集のブックインブックは、日本酒から弾け出た新ジャンルの酒、「クラフトSAKE」を取り上げました。お酒が型破りなら、造り手も造り方も独創的で破天荒だった!誌面ではご紹介しきれなかった、彼らの攻め攻めの醸造スタイルを深掘りします。
「クラフトSAKE」が日本酒の味覚領域を拡張する存在だとしたら、その最右翼が「ボタニカル酒」だろう。ホップ、ハーブ、果汁……加える副原料次第で、甘酸っぱくもドライにも、スモーキーにもフローラルにもなる振り幅の広さが大きなポイント。そんな「ボタニカル酒」といえばまず名前が挙がるのが、2021年2月に福島県の浜通りに誕生した「haccoba‐Craft Sake Brewery‐」だ。超実験的な酒造りで、発売2年ですでに24種もの銘柄を世に出してきた。
酒蔵は福島第一原子力発電所から20km圏内、JR常磐線「小高駅」に近い住宅地にある。原発事故で一時は全住民が避難した経緯をもつ地域であり、開業当時は「人口ゼロの町で始める酒造り」に期待と注目が集まった。
代表の佐藤太亮さんは大学生の頃日本酒にハマり、卒業後、楽天やウォンテッドリーなど、IT系企業に勤務したが、酒造業でのスタートアップを志向。「世界一美味しい!」と感動した「REGLUS」の醸造元・新潟の阿部酒造を訪ねて酒造りの技術を学び、1年間修業の後、現在地に酒蔵を立ち上げた。酒蔵でのスタートアップを思い立ったのは、「好きな日本酒を通して発酵文化の美しさに目覚めたのが最大のモチベーション」と話す。
「なんで、そこ(南相馬)なの?と、よく聞かれました。酒造りを始めるだけでも冒険なのに、なぜリスクを増やすのか、と。自分は、リスクについては最初からあまり頭になくて、ゼロから始められることをむしろポジティブに捉えていました。新しい地での酒造りという冒険にはふさわしい。地域の酒蔵として一緒に街を元気にしていけたら面白くなりそう、というふうに(笑)。実際に始めてからわかったのは、原発被災地の地域創生という社会問題に誠実に向き合い、取り組む事業者に対しては、正当な価値を見出して応援してくれる人が大勢いるということ。特に、クラフトサケのコアなファン層でもある20~30歳代の人たちの意識が高く、彼らの共感がムーブメントの原動力になっている。リスクが逆に強みになっているのを実感しています」
開業からちょうど2年が過ぎ、3年目を迎える現在、とにかく人気が凄まじい。新商品のリリースがLINEで告知されるや、オンラインショップは即完売。数少ない実売店舗である東京・下北沢「発酵デパートメント」でも、「毎度、やっとの思いで確保した1ケースが、秒速で売れていく」(代表・小倉ヒラクさん)と嘆くほど。SNSにも、新作を待ちかねるファンの声があふれている。
取材に訪れた2022年12月某日、蔵では折しも通算24作目となる最新作の搾りが行われていた。築50年の民家を改装した酒蔵に、12坪のガラス張りの醸造所とパブを併設。昨年スタッフに加わった2名の蔵人の作業を、佐藤さんがガラス越しに見守る。
畳半畳分もない、小さな手動圧搾機から取り出された酒粕には、おや、ブドウの皮や枝が混ざってる!?
宮城県のワイン農場「ファットリア・アル・フィオーレ」からもらったオレンジワインの搾り滓を、もろみに加えて発酵させたのだという。なんと大胆な。そして、なんと自由な!
「クラフトサケの強みは、小さいがゆえに自由に挑戦できることだと思う。自分らの酒蔵は基本的に酒屋さんを通さない直販ベースなので、普通なら売りにくいと敬遠されるような酒で冒険もできますし。せっかく新規参入ができたのだから、今までになかった自由さ、酒を造る喜び、それを飲み手と一緒に共有する楽しさを使命感をもって追求したい。そこらへんの兄ちゃんが造ってるんだから、自分でも造れるんじゃないか。そんなふうに思ってもらえたら最高です(笑)」
開業からの2年間でリリースしたクラフトサケは24種類。そのうちの唯一の定番商品であり、蔵のフラッグシップともいえるのがデビュー作の「はなうたホップス」だ。
日本酒の発酵過程でビール原料のホップを加えて醸す、「haccoba」十八番のホップSAKE。酒蔵の立ち上げ前、クラウドファンディング「MAKUAKE」の返礼品(リターン)として造った試験醸造酒が原型にあるという。試験醸造酒はアロマホップ違いの2タイプを仕込み、購入者へのアンケートで好評だった柑橘系アロマのレシピを正式に採用。プロダクト造りの楽しさを共有しようと試みる姿勢が、ここにもはっきりと見てとれる。
変わっているのは、シトラなどのアロマホップに加え、つる草の一種で東洋のホップとも呼ばれる“カラハナソウ”を使用していること。乾燥させた状態から煮出し、煮汁を仕込み水に加えてもろみを立てる。発酵後期のタンクにもホップを浸し、香りを強く残して仕上げる手法を採る。東北に伝わる幻のどぶろく製法“花酛”の再現を意識しつつ、クラフトビールの製法を掛け合わせて完成させたスタイルだ。
実は、花酛は昔のどぶろく造りでは防腐の目的でも使われていたという説もある。
「自由さを楽しみながらも、常に過去の文脈を捉えることは意識していたい」と佐藤さん。「新しければいいというわけではなくて。麹という発酵文化のコアなくして酒は造りたくないし、昔の製法に遡るほうが面白い発見があったりもする。少なくとも文化をつくる営みをしている者として、脈絡を無視して何かを表現する行為はカッコよくないと思っちゃうんですよね」
醸造設備は、すべてごらんのとおりのミニチュアサイズ。醸造所の一角で洗米し、小さなステンレス製の甑で蒸してそのまま切り返し、醸造所奥のこれまた猫の額ほどの麹室に引き込んで麹を育てる。従来の日本酒造りに使う黄麹のほか、クエン酸を多く出す焼酎用の白麹も多用。レモンのように爽やかな柑橘系の酸の輪郭が加わり、「haccoba」のポップな酒質にもぴったりマッチする。
というと、何やら難しいお酒の話に聞こえてしまうかもしれないが、「はなうたホップス」の味わいに堅苦しさは一切ない。うっすら澱がからんだ液体を口に含むと、柑橘の爽やかな香りが鼻腔に広がり、白麹由来の甘酸っぱさの後から、日本酒本来の黄麹で醸される柔らかな米の旨味もふんわり。舌先でちりちり弾ける発泡感があり、低アルコール(11度)ならではの飲み口の軽やかさも好ましい。
商品はすべて500mlサイズ。佐藤さん自身が「ワインと同じ感覚で、夫婦2人で1回の食事に飲みたいと思う量感」をベースにしている。アルコールを10~13℃と低めに設定しているのは、ワイン好きの人でも重さを感じずに楽しんでほしいとの思いから。「自分も重い酒を飲みながら食事をするスタイルは求めていないので。飲みやすい入口のお酒として妥当なラインだと思います」
一言で言えばキュート。そして、このうえなくチャーミング。一口できゅんと飲み手の舌をつかんでしまう愛嬌と、ずっと飲んでいたいと思わせるピュアな透明感。「haccoba」のクラフトサケ全体に共通するキャラクターとも言えるだろう。
Haccoba -Craft Sake Brewerey-
【住所】福島県南相馬市小高区田町2丁目50-6
【URL】https://haccoba.com/
【アクセス】JR常磐線「小高駅」より徒歩7分
文:堀越典子 撮影:阪本勇