湯島聖堂の料理帖~戦後の日本に伝わった“本当の中国料理”~
花椒香る、旨味たっぷりの熱々"北京式あんかけ麺"

花椒香る、旨味たっぷりの熱々"北京式あんかけ麺"

令和の湯島聖堂「中国料理研究部」、第5回目は、花椒油がじんわり香る北京式あんかけ麺「打滷麺(ダールーミエン)」。中国清朝の宦官の夜食だった一杯を、聖堂料理の味見役から直伝のレシピでお試しあれ。

その場でつくる“花椒油”が味の決め手

打滷麺(ダールーミエン)は、寒さが厳しい北京の定番麺料理だ。もとは山西省の料理で、刀削麺(包丁で削ってつくる麺)に熱々のあんをかけ、体を温めたのが始まりとされている。

手近な材料だけでできるこの料理は、山本豊さんにとって忘れがたい一品だ。聖堂の中国料理研究部で働き始め、宿直室の三段ベッドで寝起きしていた頃のことである。

「聖堂に出入りしていた先生の一人が『山本くん、麺を食べるかい?』と言って、朝顔形のコンロでちゃちゃっとつくってくれたのが打滷麺でした。それがおいしくって。本当の中国料理とはこういうものなんだと驚愕しました」

これが、山本さんと景嘉(けいか、1914〜1986)氏との出会いだった。景嘉氏は代々清朝に仕える北京の名門の生まれで、20歳のときにラストエンペラーで知られる宣統帝(溥儀)の命を受けて日本に留学した才人だ。1956年日本に亡命し、中国文学者であると同時に書家としても活躍した。

「先生に『おいしいです』と言うと、打滷麺は宦官(宮廷に仕える去勢された男性)が夜食に食べていた料理なんだよと教えてくれました」

以来、料理の達人でもあった景嘉氏は、山本さんに本場の味やその歴史的背景を教えてくれるようになった。聖堂レシピには、景嘉氏の影響を受けたものがいくつも残されている。

料理のポイントは、花椒の香油をその場でつくること。干し海老と干し椎茸をしっかり戻し、その戻し汁をだしとして使うこと。覚えておけば、急に寒くなった日の心強い一品になってくれるに違いない。

北京式あんかけ麺のつくり方

材料材料 (2人分)

中華麺2玉(中太麺)
豚バラ肉200g
溶き卵1個分
干し海老30粒(*干し海老の戻し方参照)
干し椎茸2枚(水で戻しておく)
きくらげ7g(乾燥/水で戻しておく)
ねぎ10cm
生姜10g
干し海老と干し椎茸の戻し汁+水800ml
醤油大さじ2
紹興酒大さじ1と1/2
胡椒少々
★ 水溶き片栗粉
・ 片栗粉大さじ1
・ 水大さじ2
★ 花椒油(つくりやすい分量)
・ ねぎ20g(青い部分)
・ 生姜10g(皮つきでよい)
・ 花椒大さじ1
・ 油大さじ3

*干し海老の戻し方
干し海老はさっと水で洗い、水気をきる。耐熱容器に干し海老、干し海老がかぶるくらいの水、ねぎの青い部分、生姜の皮を入れ、紹興酒を少々加える。軽くラップをして、約10分蒸す。蒸しすぎると色が変わってしまうので注意。電子レンジを使う場合は、15分ほど浸水させてから、600Wで1分加熱する。戻し汁はとっておく。

干し海老の戻し方
干し海老を戻す際は、料理に使わないねぎの青い部分、生姜の皮を加えて、干し海老の臭みを取る。

1具の下ごしらえをする

豚バラ肉は薄切りにする。ねぎは斜め切り、生姜は拍子切りにする。きくらげは石づきを取り、よくもみ洗いし、食べやすい大きさに手でちぎる。椎茸は軸を切り落とし、水で洗って表面の汚れを取り除き、斜め薄切りにする。

具の下ごしらえをする
肉はこま切れでもよいが、ある程度の厚みと脂身があるほうが、ボリューム感が出て食べ応えがある。

2花椒油をつくる

鍋に油、ねぎ、生姜、花椒を入れ、火をつける。かき混ぜながら、弱火でじっくりと加熱する。花椒が黒ずんできたら火を止め、金ザルなどで濾す。

花椒油をつくる
油にじっくりと香りと辛味を移す。

3具を炒める

花椒油をつくった2の鍋を中火で熱し、肉を炒める。肉の色が変わり始めたら、きくらげを入れる。肉に火が通ったら、干し海老、干し椎茸、生姜を加える。紹興酒、醤油を加えて炒め合わせる。

具を炒める
鍋肌に残った花椒油を使って肉を炒めるのがポイント。
具を炒める
固いきくらげは、豚肉の色が変わり始めたところで先に投入。
具を炒める
干し海老、干し椎茸、生姜はさっと炒める程度でOK。

4煮込む

鍋に水、干し海老と干し椎茸の戻し汁を加え、沸騰したら2~3分ほど煮込む。アクが浮いたら取り除く。煮込んでいる間に、別の鍋に湯を沸かし、麺を規定時間通りにゆでる。ザルにあけて水気をきり、器に盛っておく。

煮込む
干し海老と干し椎茸の戻し汁がいいだしになるので、別途スープをとる必要はない。

5仕上げ

胡椒を加えて味を調え、ねぎを入れる。水溶き片栗粉でとろみをつけ、溶き卵を流し入れる。ひと呼吸おいてから玉じゃくしで静かに混ぜ、仕上げに花椒油大さじ1と1/2を回しかけ、火を止める。麺の入った器にあんかけをよそう。

仕上げ
濃度をみながら少しずつ水溶き片栗粉を加え、しっかりとしたとろみに仕上げる。
仕上げ
水溶き片栗粉→卵の順番を間違えないこと。とろみをつけてから卵を入れると、卵が沈まず、きれいなかき玉になる。
仕上げ
最後に加える花椒油が味の決め手。
完成
とろっと濃厚なあんかけと花椒の爽やかな辛さとが、体を芯から温めてくれる一杯だ。

教える人

山本豊

山本豊

1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹廬山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。

文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏

澁川 祐子

澁川 祐子 (ライター・編集者)

食と工芸を中心に編集、執筆。著書に『味なニッポン戦後史』(インターナショナル新書)、『オムライスの秘密 メロンパンの謎ー人気メニュー誕生ものがたり』(新潮文庫)、編集・構成した書籍に山本教行著『暮らしを手づくりするー鳥取・岩井窯のうつわと日々』(スタンド・ブックス)、山本彩香著『にちにいましーちょっといい明日をつくる琉球料理と沖縄の言葉』(文藝春秋)など。