一生食べ続けたいひと皿
中村成子先生に教わった"白菜のくたくた煮"|ライター・藤田千恵子

中村成子先生に教わった"白菜のくたくた煮"|ライター・藤田千恵子

ライターの藤田千恵子さんのひと皿は、中村成子先生との思い出が詰まった、白菜のひと皿。特別なときに食べるハレの料理でもなく、いつもの普段の食事でもなく、ただ美味しいとか、好きだとか、ということでもなく、常に身近にあって食べ続けたいもの。人生や思い出と、いつも、いつでも結びついている。そんな、一生食べ続けたい「ひと皿」を食いしん坊に聞きました。

20年間つくり続けている味

「洗面器いっぱい分でも食べられる」。
これは、「白菜のくたくた煮」が大好物である夫の言葉です。
ただし、その台詞は、20年程前のことなので、食卓に乗せる量は、今では半分程度に変わりました。ということは、つくる分量は減ったとはいえ、もう20年食べ続けているということです。

そもそも、白菜と豚肉は、ピェンローのようなシンプルで美味なものから、鍋物、煮物、炒め物、どんな料理に仕立てるにせよ、「旨いに決まってますがな」という組み合わせゆえに、結婚以来、何かと食卓に上る食材ではありました。
しかしながら、そんな白菜料理のキングオブキングスとして、秋冬の我が家の最多登板料理に君臨しているのが、白菜と豚肉を炒めてから煮込む「白菜のくたくた煮」です。

教えて下さったのは、日本の家庭に受け継がれてきた味・始末の料理を伝え続けた料理研究家・中村成子先生(1943~2022)です。先生は、NHKの「きょうの料理」に長く出演され、御著書もたくさん出されていたのでご存じの方も多いことと思います。

初めて先生とお目にかかったのは、今から20年ほど前のこと。dancyu本誌の取材で、渋谷の道玄坂にあった先生のお教室に伺った私は、取材のテーマであった牡蠣に丁寧な下処理をほどこす先生の美しい手さばきとともに、厨房に「敗者復活籠」と名付けられた籠が置かれていることに心打たれました。

その籠の中には、大根の葉、面取りをした残りの細切りの大根、うどの皮など、多くの場合は三角コーナー行きのはずの野菜くずがたくさん入っていたのです。先生は、大根の葉はジャコと炒めてふりかけに、細切りの大根は陽に干して切干大根に、うどの皮はきんぴらになさるとのこと。
言葉のとおりにその場で作って下さったうどの皮のきんぴらの美味しさに私は心底感動し、まだ取材原稿も仕上がっていない時点で、先生のお料理教室に通わせて頂きたいとお願いしたのでした。それが叶って「中村成子料理教室」と自分の名前が刻まれた包丁が手元に届いた時には、本当に嬉しくて「絶対に休まずに通い続けよう」と心に決めました。

以来、月に一度のペースで通う先生のお教室は、毎回午前10時からの6時間。その時間の中には、先生や先輩たちとゆっくりお食事を愉しむ時間も含まれ、必ず美味しい日本酒も添えられていました。使った陶器や漆器を洗って、厨房のお掃除までを終えると夕方4時。何もかも丁寧におこなう特別な一日でした。

先生のお料理教室では、各地から届く食材も使う調理器具も食器も何もかもが美しくて「美味しいものは、美しいのだ」と目でも舌でも知ったのは、この時期だったように思います。お料理教室で使用する塩は、沖縄の粟国の塩。この塩に惚れ込んだ先生が、ぜひとも世に広めたいと願ったのが、お料理教室の始まりであったともお聞きしています。
塩だけでなく、醤油、味噌、みりん、日本酒、すべての醸造物も丁寧な手仕事と熟成期間を経たものばかりでした。何事にも根本から取り組む方でしたので、家庭での味噌造り、梅仕事、季節ごとの保存食造りに加え、私が教室に通い出した頃には、東京と島根を行き来されて、奥出雲・仁多の田んぼでのお米作りも始めておられました。

お教室では、伝えるべきことはきちんと、という姿勢を崩さず、ご指示から外れたことをしてしまうとピシッとした言葉が飛んできました。一度、「レンコンを3mm幅で切って下さい」と先生から言われた際、「薄く切るんだな」と思った私がレンコンの薄切りを差し出すと「これじゃ2mmじゃないの!」と叱られました。その日は、おいなりさんを作っていたのですが、2mmの幅では油揚げの中でレンコンが立つことはできない、というのがその理由でした。

先生のお料理は、どの工程も丁寧で、その厳しさにはすべて理由が伴っていました。
冬の家庭料理として教えて頂いた「白菜のくたくた煮」も不肖の生徒の私はひとつの鍋でつくってしまいますが、先生は炒めた白菜と豚肉は、途中から土鍋に入れて煮直していました。このほうがコトコトじわじわと火が通り、白菜が本当に“くたくた”になり、そして食卓に乗せた時に美しくて、食欲をそそられるのでした。

先生の御著書の中の一冊「中村成子の始末の料理」(婦人之友社)でもレシピが紹介されていますが、私が家で作るのは、その簡易版です。家族が風邪気味の時には、生姜を加えたり、アレンジをしても美味しくて体が温まるメニューです。先生からは「卵やお餅を加えてもおいしい」と教えていただきました。

今回、御本のレシピを再読してみると、先生の可愛らしい声や、当時、保育園児だった私の娘に優しくして下さったこと、娘の小さな手の上にお塩を乗せて、おむすびのつくりかたを教えて下さったことなどが懐かしく思い出されました。毎日台所に立つこと、一緒に食べる人の体調までも考えて料理を作ること、美しいものを選ぶこと、先生から教えて頂いたことはたくさんありますが、買いやすい旬の野菜をたくさん用いて、家族の喜ぶものをつくる。家庭料理の根本の大切さが詰まった料理のひとつが「白菜のくたくた煮」だと思えます。中村先生、温かなご指導をありがとうございました。

白菜のくたくた

藤田千恵子さんの“白菜のくたくた煮”のつくり方

材料材料 (2~3人分)

白菜1/4個
豚ロース200g(薄切り)
にんにく1片
胡麻油適量
大さじ2
薄口醤油大さじ2
出汁400cc(昆布と鰹の合わせだし)
適量
あらびき黒胡椒適量

1具材の下準備

白菜の根元を切り、内側と外側の葉を分けてざく切りにする。豚肉は3cm幅に切る。にんにくは芯を取って薄くスライスする。

2具材を炒める

中華鍋に胡麻油を入れ、①のにんにくを炒め香りが立ってきたら、豚肉を加えほぐしながら炒め、火が通り切る前に酒、醤油を加えて炒りつける。

3白菜を加え炒める

まず白菜の芯の部分の1/2量を鍋に加えたら塩を振り炒める。次に残りの白菜の芯の部分、葉の部分と3~4回に分けて鍋で炒める。

4煮る

火加減を強めの中火にし、だしを加え、煮立ったら中火から弱火で20分程煮込み、塩、胡椒をふって味を調えたら完成。

文・写真:藤田千恵子

藤田 千恵子

藤田 千恵子 (ライター)

ふじた・ちえこ 群馬県生まれ。日本酒、発酵食品・調味料、着物の世界を取材執筆するライター。dancyu日本酒特集にも寄稿多数。1980年代中盤に日本酒の業界紙でアルバイトしていたことがきっかけで神亀酒造・小川原良征氏と出会い、以後三十余年の親交を続ける。小川原氏の最晩年には、氏からの依頼で病床に通い、純米酒造りへの思い、提言を聞き取り記録した。