一生食べ続けたいひと皿
海藻ドッグ|「レフェルヴェソンス」シェフ・生江史伸

海藻ドッグ|「レフェルヴェソンス」シェフ・生江史伸

一生失いたくない、という思いを込めた料理がありましたーー。特別なときに食べるハレの料理でもなく、いつもの普段の食事でもなく、ただ美味しいとか、好きだとか、ということでもなく、常に身近にあって食べ続けたいもの。人生や思い出と、いつも、いつでも結びついている。そんな、一生食べ続けたい「ひと皿」を食いしん坊に聞きました。

おいしさを起点とした、海環境の回復

東京・表参道「レフェルヴェソンス」の生江史伸さんは、生産者に会いに行き、食材の産地に分け入ることを生業としているシェフだ。自分の目で見て、耳で聞いてきたことをレストランで表現する。それを、何よりも大切にしてきた。

この数年、スキューバダイビングや素潜りもするようになった。神奈川県葉山町、北海道の礼文島と、もともと関わりのあった地域の漁業者の許可を得ながら、現地の海に潜っているという。なぜそんなことを始めたのか生江さんに聞くと、「楽しいんですよ」と、カラッとした笑顔で答えてくれた。「あ、ウニが出てきた!とか、こんなでっかいヒトデが出てきた!と、子どもみたいに興奮しながら海の中を眺めているんです」。

そんな生江さんが「一生食べ続けたい」、そして「一生つくり続けたい」ひと皿として挙げたのが、海藻ドッグだ。「海藻を一生失いたくないという思いをこめました。姉妹店である『ブリコラージュ』で焼くバンズには、アオサ海苔をふんだんに練り込みます。ソーセージは、私の知り合いの猟師、小野寺望さんが仕留めている牡鹿半島の鹿と地元の牡蠣と合わせたものを使います。最後に、『シーベジタブル』から仕入れたトサカ海苔、ひじき、ユミガタオゴノリといった彩りのある海藻をピクルスにしてまとわせて完成です」。

生江史伸さん
海藻ドッグの材料

この海藻ドッグ、コロンと丸みを帯びた愛らしい見た目がなんといっても魅力的だ。バンズにこんもりと盛り付けられた海藻は、まるで海のなかでたゆたう姿を再現しているかのよう。きっとこれが、生江さんが海の中で見ている景色なのだ。バンズを口に近づけた瞬間からアオサ海苔の豊かな香りが鼻を抜け、一口かじればプチプチっと弾けるような海藻の食感が楽しく、噛みしめるほどに牡蠣のエキスと鹿肉の旨みが口の中にジュワーッと広がっていく。まさに、森と海が口の中で渾然一体となる瞬間だ。

日本のあらゆる沿岸地域で海が砂漠化してしまう「磯焼け」が進み、海藻が減少している。海を語るうえでは森の存在も欠かせない。森林を巡った水が海へ流れ出し、やがて蒸発して雨となり、また森へと循環していくからだ。さらに、海藻と山の環境をつなぎ合わせたストーリーには、森の猟師と海の漁師の存在も必須だ。「海や山が人々に食の恩恵をもたらすことを祈念して、一生涯、このひと皿を作り続けたい」と、生江さんは穏やかに、それでいて力強い声で語る。「何よりも大切にしているのは、『美味しい』を起点にすること。それから、身近なところでこの味をシェアすること。日常に根ざした食べ物として広めたいと思ったことから、海藻ドッグという表し方になりました」

選んだ食材の一つひとつに、生江さんがこれまでつむいできた物語が潜んでいる。海藻の仕入れ先のシーベジタブルとは、「養殖技術を使って消えてしまいそうな種を守り、時期をみはからってそれを自然に返していく」という理念に共感したことから交流が始まった。鹿肉には、こんなエピソードがある。「宮城県牡鹿半島では森が荒れてしまい、食べ物を失った鹿が村へ降りてきて農作物を食べ荒らしてしまっている。こうした害獣被害に対応するために、小野寺さんは鹿を捕えます。その一方で、彼は人間中心のこの考え方に対して葛藤してもいる。だから、『僕らの都合で生き物の命を奪ったのであれば、ちゃんと最後まで食べ尽くしてそれに報いましょう』という思いからジビエにしているのです」

生江さんはシェフであり、そしてジャーナリストでもあるのかもしれない。海藻ドッグは、生江さんの生き方を凝縮したようなひと皿だ。「人が好きなんです。レストランでお客さまに美味しいもの食べて喜んでほしいのも、生産者に会いに行きたいのも、すべて、人が好きだから。海藻ドッグも、最近の言葉で表すのなら『持続可能』なメニューとも言えるのかもしれないけれど、僕の意識としては漁師さんが僕に教えてくれたことを、伝言ゲームみたい広げている感じに近いんです」

聞いた人

生江史伸さん

「レフェルヴェソンス」シェフ 生江史伸

なまえ・しのぶ 神奈川県出身。自然から料理を創作するシェフ、ミッシェル・ブラスに師事したのち、2010年、東京・表参道にフランス料理店「レフェルヴェソンス」を開店。同店はミシュランガイドの三つ星に加えて、サステナブルな取り組みの証しであるグリーンスターを獲得している。2022年の「世界海洋デー」にニューヨークの国連本部で開かれた会議では、海と食との媒介者であるシェフを代表し、海藻についてスピーチした。

文:吉田彩乃 撮影:宮濱祐美子

吉田 彩乃

吉田 彩乃 (ライター)

1986年、東京都生まれ。2015年よりフリーランスのライターとして活動し、食関連の記事のほか、ビジネス、経済、カルチャーなど幅広いジャンルで執筆。好きなものは珈琲とナチュラルワインと、ワインのつまみになるパン。