スペシャルコース“耳・イン・ザ・イヤー”のアミューズ、ロレイユ・ド・サンクはトマト、カレー、バジル、チーズ、アンチョビバターの味が楽しめます。2018年4月号で掲載した、フレンチの名店「レストラン ラフィナージュ」の高良康之シェフによる、パンの耳を使ったフルコースの前菜とデザートレシピをご紹介します!
ごめんね。無視され、捨てられるパンの耳を見ながら、何もできずに、ずっと謝っていた。何とか表舞台に立たせることはできないかと、いつも思っていた。
しかし時は来た。“パン耳フルコース”をつくろうと決意したのである。ならば料理人も一流の方にお願いしよう。ここは、技術、感性、哲学ともに抜きん出た、元「レカン」の高良シェフしかいない。恐る恐る打診すれば、快諾してくれたではないか。そこで調子に乗って、さまざまなアイデアで無茶振りをした。
「家中が、パン耳だらけになっています」と言うほど、シェフは試作を重ねてくれ、なんと7皿の料理に仕立てるという。題して、“耳・イン・ザ・イヤー”コース。
先陣を飾るアミューズは、五つの風味をつけた耳である。これは楽しい。パン耳がおめかしをして、笑っている。
食べれば、これはビールだ、いや白ワインだと、食欲が刺激され、コーフンしてくる。食感も風味も異なる五つの耳は、上に具をのせただけではない。香りを生かす、味にメリハリをつけるといった、焼く前と後の巧みな仕事が、それぞれに隠されている。だからこそ、口に運ぶ手が止まらない。
前菜は、パイ生地の代わりにパン耳を使った、ロレーヌ風ならぬロレイユ(仏語で耳)風である。姿は普通のキッシュと変わりないが、しなやかに崩れるパン耳とキッシュ生地がなじんで、ほのぼのとした気分を呼ぶのだな。
古来キッシュとは、こんな味だったのではないかと思う、素朴で温かみのある田舎感に惚れる味わいである。
パン耳恐るべし。想像以上の底力は、次の肉団子スープでも発揮される。団子を噛めば、肉の味わいの後に肉汁を吸ったパン耳の味がじわりと舌に広がるのである。まるで肉団子の中に別の肉団子があるかのような時間差攻撃に、笑い出す。これはパン耳の焼けた部分の、しぶとさがなせる業であろう。
意外な実力を、次々と明らかにしながら、コースは魚料理へと向かう。今度は、帆立と白身魚のムースと海老による“クッサン・ド・クルベット”という堂々たるフランス料理に、史上初めて、パンの耳の導入である。
ムースの柔らかさと海老のプリッとした食感に、クロッカン(仏語でカリカリ)なパン耳が加わる。まるで、妖艶な女性が、軽快なステップで踊っているかのような、エレガントさが漂う。
ううむ、高良シェフは、パン耳を使っても、エロい料理をつくるなあ。フランス料理特有の色気をにじませてね。
続いての肉料理は、豚耳のフライときた。パン耳の衣は、パン粉の衣より味が濃いため、豚耳のコラーゲンの甘味を、しっかりと受け止める。
コリッ、トロリとした食感を弾ませる豚耳とパン耳が、互いに高みに上っていくゾ。旨いなあ、耳と耳。これぞまさしく真実のミミガーである。
デセールは2種類。水分を吸いやすいよう、カラカラにオーブンで焼いたパン耳が、気持ち良さそうにラム酒につかって、われわれを酔わせる。
一方プリンは、甘いエキスを吸ったパン耳の存在感がいい。自立心を保ちつつ吸い込んでいて、それが一層プリン生地のなめらかさを引き立てて、夢見心地に誘ってくれる。
苦節数百年、やっとパン耳は日の目を見た。いずれの料理も何かの代用ではない。パンの耳でしかできない芸当が、われわれを喜ばせてくれた。もう、誰にも恥じることはない。謝らせない。
パンの“耳”を五つの味のおつまみに仕立てました。三つにはトマト、カレー、バジルのソースをしみ込ませ、スパイスで香りづけをします。残りの二つにはチーズやアンチョビバターをのせて。“耳”ワールドの楽しみが、ここから始まります。
パンの耳 | 5枚分(12枚切り) |
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★ 【アンチョビバター】 | |
・ アンチョビ | 適量 |
・ バター | 適量(食塩不使用) |
・ にんにく | 適量 |
・ オリーブオイル | 適量 |
★ 【チーズ】 | |
・ 粉チーズ | 適量 |
・ 黒胡椒 | 適量 |
・ パセリ | 適量(ドライ) |
・ オリーブオイル | 適量 |
★ 【バジル】 | |
・ バジルソース | 適量 |
・ 胡桃 | 適量(粗く刻む) |
・ にんにく | 適量(みじん切り) |
・ 粉チーズ | 適量 |
★ 【カレー】 | |
・ カレー粉 | 適量 |
・ クミン | 適量(ホール) |
★ 【トマト】 | |
・ トマト | 1個(すりおろす) |
・ 塩 | 少々 |
・ タイム | 少々(パウダー) |
・ オリーブオイル | 少々 |
パンの耳は長さを揃えて端を切る。
パンの耳の白い部分ににんにくをこすり、オリーブオイルをかける。オーブンでカリッと焼き、厚めに切ったバター(食塩不使用)、アンチョビをのせる。
パンの耳の白い部分にオリーブオイルをかけ、粉チーズと黒胡椒をふる。オーブンでカリッと焼き、パセリを散らす。
パンの耳の白い部分にバジルソースを吸わせ、胡桃とにんにくをのせる。オーブンでカリッと焼き、粉チーズをかける。
カレー粉は適量の水で溶き、パンの耳の白い部分に吸わせる。クミンをふり、オーブンでカリッと焼く。
トマトに塩を混ぜ、パンの耳の白い部分に吸わせる。オリーブオイルをかけ、タイムを散らす。オーブンでカリッと焼き、仕上げにさらにタイムを散らす。
劇団の役者兼料理主任から無国籍レストランのシェフとユニークな経歴の持ち主。「エダモホテルレストラン」勤務を経て、1989年渡仏。フランス各地で2年間研鑽を積み、帰国。赤坂「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」の副料理長や、「銀座レカン」総料理長を経て、2018年東京・銀座に自身の店「レストラン ラフィナージュ」をオープンした。
この記事はdancyu2018年4月号に掲載したものです。
文:マッキ―牧元 写真:石井宏明