辻仁成さんがつくりだした、夏にふさわしいスープとは?作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
20代の中ごろ、ぼくはスリランカに行きました。かつて、セイロンと呼ばれていた国ですが、ぼくが訪れた時にはすでにスリランカに国名が変更されていました。最大の都市コロンボから車で1時間ほど走った内陸の村で暮らす少年に会いに行ったのです。
当時、ぼくは友人に誘われ、貧しい国の子供の教育を援助する活動に参加していました。チャンダシリという名前のお坊さんが、その地域の教育支援活動を束ねていました(スリランカは7割くらいの国民が仏教徒)。彼の寺に立ち寄った時のことです。昼食だったか、朝食に出されたのがレンズ豆のカレースープでした。それが、美味しい、というより、実に素朴なスープでして、スパイシーというわけでもなく、カレー風味なんですが、味が薄い。ただ、健康には良さそうで、その風土に見事に馴染んでいたのを覚えています。食べながら、というのも、スープなんだけどレンズ豆は形がきちんと残っていたので、よく噛んだ印象があり、まさに食べるスープそのものでした。
チャンダシリさんのお寺の裏は地平線が果てしなく続く荒野で、彼方を象の群れがゆっくりと移動していました。あの光景はそれから35年ほどの歳月が流れた今でも、克明に思い出すことが出来、ぼくに想像の光りを投げかけてきます。
月日が流れて、スペインを旅した時のことです。それがどこでどういう場所で食べたのかは思い出せないのですけど、食事についてきたのがチョリソーのスープでした。その土地のものか、それとも創作なのか、わかりません。チョリソーはイベリア半島発祥と言われる豚とスパイスによる腸詰ですが、非常にスパイシーで味がしみ込んでいます。夏の暑い時期にこれとビールが最高なのですが、そのチョリソーのスープに少しレンズ豆が混ざっていて、口に含んだ時に、そこはスペインだったというのに、なぜかぼくは20代の頃に見た象の群れを思い出してしまうのです。
パリに戻って、スペインとスリランカを組み合わせてつくったのが、今日、ご紹介する、「レンズ豆とチョリソーのカレースープ」となります。トマトの酸味とチョリソーの辛みと旨味、カレースパイスによる風味、そしてレンズ豆の触感が入り乱れる、実に風味豊かな食べるスープなのです。
チョリソーの持つ肉感がトマトの酸味とあわさり、噛むたびに美味さを引き連れてきます。その合間にレンズ豆の不思議な食感が混ざり、頬が緩みますよ。なにせ、スリランカとスペインの融合なのですから……。食の中継地であるパリだからこそ生まれた、まさにパリ・スープと呼ぶに最適な一品ではないか、と自負しております。カレーとチョリソーの質の違う辛さがほんのりと香り、食欲がない時の栄養補給にも最適じゃないでしょうか?夏に飲むべきスープなのです。
では、早速、つくってみましょう。
レンズ豆 | 150g |
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チョリソー | 150g |
プチトマト | 20個 |
玉ねぎ | 1個 |
生姜 | 1片(3cmくらい) |
にんにく | 1片 |
トマトペースト | 大さじ1 |
カレー粉 | 大さじ2と1/2(クミン、ガラムマサラ、ウコンなどお好みで調合したもの) |
バター | 10g |
チキンブイヨン | 1個 |
コリアンダー | 適量(香草) |
塩 | 適量 |
胡椒 | 適量 |
オリーブオイル | 大さじ1 |
まずは、オリーブオイルと潰したにんにくを弱火にかけてください。いつものように、香りが出てきましたら、みじん切りした玉ねぎと生姜をそこで炒めます。
玉ねぎが透明になったらカレー粉、バター、トマトペーストを加え、中火で1~2分ほど火混ぜながら火をいれます。
チョリソーと刻んだコリアンダー、軽く洗ったレンズ豆を加え、ひたひたになるまで水を入れ、ブイヨンを加えて、弱火でコトコト、煮込んでください。
1時間ほど煮込んだら二つに切ったプチトマトを加え、さらに、15分ほど煮込み、仕上げの塩、胡椒で味を調えたら完成となります(水分が吸われてなくなる場合があるので、その都度、水を足して、スープらしさを残してください。煮詰めすぎるとレンズ豆カレーになってしまいますので、注意です)。
お好みで、刻んだコリアンダー、それから、小さじ1程度、ちょっとオリーブオイルを加えても、風味が増して、よろしいかと思います。スパイシーなレンズ豆とチョリソーのカレースープでぜひ残暑を乗り切ってください。ボナペティ!
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac