26回にわたってお届けしてきた“パリ・スープ”も今回が最終回です!作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
渡仏直後の20年前、まず、驚いたのが、フランスの冬のレストランでは、ムール貝とフリットのセット、いわゆる「ムール・フリット」が大人気だった、ということ。ぼくは高校時代を函館で過ごしたので、ムール貝は波止場の桟橋や船底にくっついている得体のしれない黒い貝という印象があったのですが、これを欧州ではみんなが美味しそうに食べていて、最初はなんとなくびびって、敬遠していたものです。
ところが、ベルギー旅行した際、この国の名物だと言われ、出てきたのがムール・フリットでした。国をあげての名物なら食べないわけにはいかない、と思って食べたら、普通に美味しかった。その後、ムール・フリットはぼくの好物の一つになるのですけど、桟橋の貝というイメージを一新させてくれたのは、フランスの高級レストランで食事をした時のことでした。
たぶん、ポール・ボキューズの店だったと思うのですが、そこで食べたムール貝のクリームスープのなんともまろやかで、くちどけのいい美味しさにやられました。サフランと海の香りの仄かなメランジェ(混ざりあい)が最高で、忘れられない出会いの一品となりました。
あれを自宅でも作ってみたい、と思っていたのですが、海辺の町に引っ越した直後、海辺のマルシェでこのムール貝を見つけ、それは天然ものでしたが、当時の味を思い出しながら、真似てみたら、あら、とっても美味しいではありませんか……。
これは、いつか、「パリ・スープ」で紹介をしなければ、と思って、練習を重ねていたのです。そして、ついに、この「パリ・スープ」に登場とあいなりました。しかも、最終回に!!!
冬ではなく、今はまだ9月ですが、フランスの海沿いの町ではムールも牡蠣も一年中新鮮で、美味しくいただけますので、今回、最終回のために、腕によりをかけて、久しぶりに挑戦をさせていただきました。
決め手はサフランになります。サフランは、かのクレオパトラが殿方とお会いになる際に、サフランの湯舟に浸かったと言われるほどの独特の香りのする香辛料でございます。アロマオイルなどの原材料にもよく使われていますね。ほんの一つまみで、かなり強い香りを広げます。古代ギリシャなどですでに栽培されていたと言われています。
実は、この強いサフランの香りが魚介類の生臭さを消してくれるのです。なので、ムール貝のもつ海臭さも、このサフランを入れることで中和されていきます。抗酸化成分も豊富で、健康にも役立つ香辛料なのです。今回ご紹介するムール貝のスープは、サフランを実に上手に活用したスープと言えるでしょう。日本でもモンサンミッシェル産などの輸入冷蔵ムール貝が手に入りますし、広島産なども出回っていますが、自生しているムール貝は貝毒などもあるので避けて、安全のために、販売されているものを食べましょう。
では、早速、ムール貝のサフラン風味のクリームスープを作ってみましょう。
ムール貝 | 500g |
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エシャロット | 2つ(または玉ねぎ小1つ) |
ポワローねぎ | 1/2本(白い部分) |
にんじん | 4cm程度 |
白ワイン | 100ml |
生クリーム | 100ml |
水 | 500ml |
サフラン | 15本 |
バター | 20g |
にんにく | 1片(つぶす) |
パセリ | 適量 |
塩 | 適量 |
胡椒 | 適量 |
まず、ムール貝をよく洗い(ごしごし、殻と殻をこすり合わせ)、ザルで水気をきります。
鍋にバター10gを溶かし、にんにくと、みじん切りにしたエシャロットを焦げないようにゆっくり丁寧に炒めていきます。
①に白ワインを加え、沸騰したらムール貝を投入し、蓋をして7分蒸します。ムール貝が開いたら鍋からムール貝を一旦取り出し、飾りの分を残して殻から身を外してラップをしておいてください。
違う鍋にバター10gを溶かし、小さく切ったポワローねぎとにんじんを加え、こちらも焦げないように炒めていきます。野菜がしんなりしたら水を加え、2のムール貝の身を半分とムール貝の煮汁、サフランを加えて野菜を煮ます。
野菜が柔らかくなったらハンドブレンダーで潰します。
最後に生クリームを加え、塩、胡椒で味を調えたら、はい、完成。スープをお皿に注ぎ、ムール貝の身と殻付きのムール貝で飾り、パセリとサフラン(分量外5本程度)をちらして召し上がってください。ボナペティ!
次回からは新連載「パリ・サラダ」をお届けします。お楽しみに!
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac