
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、荻窪の住宅街に店を構える「焼肉ガリバー」だ。大森海岸の老舗焼肉店「ガリバー亭」から30年受け継ぐ自家製だれを軸に、二人の若き店主が磨き上げた焼肉はどこか懐かしく、それでいて新しい。王道を貫きながら進化を続ける、荻窪の町焼肉の魅力に迫ります。
荻窪といえば和食、中華、カレーなどジャンル問わず、熱烈なファンが通う渋い店が多い。だが再開発や代替わりの波が押し寄せていて、少しずつ町を彩る飲食店の趣は変わりつつある。
そんな町で存在感をグッと増している業態のひとつが焼肉だ。北口、南口ともに焼肉店が林立するこの町に、昨年また新たな焼肉店がのれんを掲げた。
北口に残された商店街を横目に青梅街道を渡り、路地に入って住宅街へと足を向ける。この先に商店はもうない。そう思った頃に、温かな店の灯りと赤いのれんが目に飛び込んでくる。そこが「焼肉ガリバー」だ。

開店は2025年4月。まだ1年余りの新店のはずなのに、どうにも熟練の匂いがする。王道系のメニューは妙に年季が入っている。
それもそのはず、この店は大森海岸で四半世紀ほど愛された老舗焼肉店「ガリバー亭」が、代替わりなどを機に荻窪へ移ってきた。継いできた自家製だれは大森海岸時代から数えて30年ものだという。
「メインの醤油だれの味わいは、大森海岸時代から変えていません。甘すぎずくどくない味つけで、食べ飽きないような設計です。甘さや辛さで押し切るのではなく、肉を支えるように寄り添う。だから一枚、また一枚と、肉がもりもり進むような味つけを心がけています」(2代目店主の杉元勝太さん)
現在この店を切り盛りするのは杉元さんと、共同代表の若月幹太さんの二人だ。杉元さんは蒲田の老舗焼肉店、若月さんは星付きの和食店や焼鳥店で修業歴がある。そんな二人が荻窪の地で自分たちの旗を立てた。父と母が大森海岸で築いた味を継ぎ、二人が磨いた腕で荻窪の地で愛される味わいを作り上げていく。
和牛の肩ロース芯だけを切り出した黒毛和牛カルビ1,280円をたれで注文すれば肉好きが諸手を挙げて熱狂する、まさに王道の味わい。いきなりカルビでテンションが上がる。焼肉といえば、やっぱりタレカルビは外せない。

いきなりライスを! と勢い込みそうになったが、このカルビ、塩だれもおすすめだという。薄切り大根の水キムチで巻いて食べるスタイルが用意されているのだ。
個人的には最近、和牛の特上ハラミはあまり注文しなくなった。焼きと休ませに時間がかかるのもさることながら、店にとって大した儲けにならないからだ。特上ほどの厚さはないものの、その分焼きやすい上ハラミや、肉の繊維が繊細で(多少焼きが甘くても)歯切れよく食べられるサガリもいい。
いい焼肉店にはいくつかの系統がある。肉がいい店、仕事が細やかな店、様々あるが昔ながらのいい焼肉店は肉のみに焦点を絞らない。老舗は例外なく、サイドメニューに光る皿がある。単品では看板にならなくとも、長く通う常連の誰もが注文する。この店にもそんな皿がある。
例えば白菜キムチを仕込むのは、いまは店に出ていない店主の母。季節やその日の客層に合わせて、毎週少しずつ味を調整し続けているという。漬け込んでからの期間で味も変わる。ちなみにこの日は漬けてから1週間ほどの酸味が印象的なもので、好みドンピシャの味わいだった。
カクテキは大根のザクッとした歯ざわりが心地よく、オイキムチはシャクッとみずみずしい。同じ皿でも、口にするたび味わいは変わる。手仕事ならではの揺らぎが好ましい。

正肉はA4ランクの黒毛和牛を軸に据えているが、その他の肉も面白い。例えばタンは「タン塩」と「上タン塩」で、産地を使い分けている。昨今仕入れ価格が暴騰する和牛のタンには目もくれず、質の良いタンを探し歩いた。結果、スタンダードのタン塩はウルグアイ産をセレクト。赤身がしっかりと締まり、噛むほどにいい旨味がにじむ。対する上タン塩はオーストラリア産。噛めばよりクリアな旨味が口内に広がり、脂の甘みがふくよかに広がる。並も上もない。そこにはただ違う表情があるだけだ。

赤身をがっつり攻めたいなら、US産のやわらかミスジの赤身肉1,180円を。さっぱりとした後味ながら、ミスジならではのやわらかさが際立つ。

ちなみにこのミスジ、+100円で専用のガーリックバターソースを添えた「ガーリックバターミスジ」1,280円にもできる。ディップして頬張れば、赤身にコクとパンチが加わる。旨くないわけがない。ほとんど悪魔の囁きだ。
そしてハイライトは、極上あぶりすき焼きロース(特製玉子だれつき)1,730円。スライサーで2mmに引いた極上ロースを、ロースターで片面数秒ずつあぶり、溶いた特製の玉子だれにくぐらせる。ふわりと熱をはらんだ薄切りを噛むと口内に肉の味わいが充満し、ゴクリと喉を鳴らせば玉子のまろやかなコクをまとって、するりと胃へと滑り落ちていく。
そして名物のカルビスープのためだけに、とある肉を指定して仕入れている。甘やかで味が濃く、煮込みにうってつけ。澄んだスープから肉の滋味が立ち上る。しかもスープの中に角切り肉がごろりと転がっている。肉の強い旨味を野菜の甘やかさと和牛の牛骨スープが支える、優しくも強い味わいは一口、また一口と口に運ぶたびにこの店の誠実さが伝わってくる。

締めは自家製のアイスクリーム。ほうじ茶とヨーグルトの2種が待っている。ほうじ茶は香ばしくほろ苦く、ヨーグルトは爽やかな酸味。焼肉の余韻を、すっと鎮めてくれる。修業歴の奥深さが、こうした甘味にさりげなく注がれている。メニューを眺めると、そうした品が他にもいくつもある。

ちなみにこの店には「飲み放題」メニューも用意されている。2時間限定とはいえ、生ビール(しかもヱビス)やらあれこれ飲み放題つきで5,000~6,500円という衝撃価格。あくまで大衆向けの町焼肉という立ち位置と継いだ味を頑なに守り、磨いた腕で新たな地平を切り開く。年季の入った荻窪の新店には、「大衆」の矜持がある。
文・写真:松浦達也