
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、荻窪の路地裏で15年目を迎えた「藤栗ホルモン」だ。肉の仕入れは芝浦の内臓卸「田島商店」に一任し、正肉も畜産農家やパッカーまで指定。A5ランクのリブロースさえ「並カルビ」として出すほど、肩書きや等級ではなく、自分たちが「おいしい」と思う肉を追い求めている。独特なメニュー名など、随所に遊び心も光る。好きなことをとことん突き詰める、荻窪の町焼肉の魅力に迫ります。
荻窪は小体な名店の宝庫だ。カレーにうなぎ、チャーハンなど一芸に秀でた店が点在しているかと思えば、路地裏にフレンチやイタリアンの名店が隠れていたりもする。古くはラーメンの町であり、近年は焼肉の佳店がひしめき合う。大衆食群雄割拠の町でもある。
そんな町の南口を出て細道を分け入っておよそ100メートルほど行ったところに「藤栗ホルモン」はある。かの北京料理の名店「北京遊膳」の隣と言えばピンと来る読者もいるかもしれない。

この店の紹介は一筋縄ではいかない。以下に目次的に特徴を書き出してみると、その独自性がよくわかる。

その他、いい意味でおかしなところを数え上げればキリがない。昨今、勉強熱心な焼肉店が増え、うまい店に当たることが増えた。しかしこの店のような独特の佇まいの店に巡り合う機会は少なくなってしまった。
藤栗ホルモンが、上記のような独自路線を貫ける理由はとてもシンプルだ。その原動力が「好きだから」「楽しいから」「やりがいがあるから」という前を向く力の強さだ。
店名の由来は、同じ焼肉店で修業をした「藤野」と「栗原」で立ち上げたから「藤栗ホルモン」。通し営業をする理由もこの上なくシンプルだ。
「近所で働く方が15時頃にふらりと来てくれたりするんです。食べに来ていただけることが、何より大事ですから、ランチメニューも16時まで出させてもらっています。どのみち仕込みもしなきゃいけませんし」(藤野さん)
しかしそのランチメニューの肉もちょっとおかしい。
「ランチのカルビは夜の”並”と同じ黒毛和牛のリブロースを使います。だいたい5等級ですね。そのためだけにリブロースを取っています」
仰る意味がわからない……。5等級のリブロースと言えば、ほとんどの店で特上カルビにするようなありがたい部位のはずだ。
「肉には僕らなりの基準があるんです。赤身がしっかりあって、口に入れたらふわっとして甘味がある肉が好き。いまは鹿児島黒牛中心ですが、同じブランドでも畜産農家さんによって肉質が違うので好みの農家さんを指定させてもらっていますし、同じ農家さんの肉でも分割・加工するパッカーさんが変われば味も変わる。ですからうちは畜産農家さんやパッカーさんも指定させてもらっています」
それでもイメージと合わない個体やブロックがある。そうした肉をカルビとして提供しているという。
格付がA5だとしても、仕入れが多少高くても、店の好みド真ん中から少しズレれば並。そんな気概がうれしい。
きっかけはコロナ禍だった。以前は違う黒毛ブランドの正肉を仕入れていたが、質に疑問を感じ、鹿児島黒牛に軸足を移した。個体識別番号を起点に生産者、母牛の血統、飼料や水質まで調べ上げ、試食を繰り返した。そこまでやって初めて見えてきたものがあった。
「同じ畜産農家さんの個体でも、パッカーさんが変わると明らかに味が違う。理由はわからないけど、同じ畜産農家の牛でもいま指定させてもらっている業者さんの肉は明らかにおいしい。肉はすべてまとめて芝浦の『田島商店』さんにお願いしています。独立前に中野の「やみつき商店」で10年修業させてもらった頃からのお付き合いということもあって、あれこれよくしてもらっています」
昨今、焼肉店で争奪戦になっていて品薄の黒タン(黒毛和牛のタン)や和ハラ(和牛ハラミ)も注文しただけ仕入れ放題だという。しかもいまどき、極上タン塩(黒タンのタン元)3,000円、和牛の黒タン(同タン中)2,000円、和牛上ハラミ2,100円とはちょっと考えられない値付けだ。
「気づけば4年間値上げしていないままなんです。できれば月に2回、3回と来てもらえる店でありたい。レモンサワーも580円のままだから3杯、4杯と飲んでもらえますし、うちに肉や野菜を卸してくださる方々も『藤栗さんは値上げしてないから』と卸価格を勉強してくださっているみたいです」
値付けを抑えるため、店での工夫にも余念がない。ランチの単品メニュー「切り落としタン」はタン先やタン下といった一般には硬いと言われる部位に丹念に包丁を入れるなどして提供している。梅味の「梅タン」も端材のタンのスジを梅で和える。その味つけ用の梅干しも、和歌山県みなべ町の南高梅を毎年20kg仕入れて漬けている。
「お肉のアラビアータ」、「2才の和牛上ミノ」「黄ニラのキムチ」「リンゴのカクテキ」など藤栗ホルモンのメニューは独特だ。その多くを素材との縁を土台に、2人の感性で作り上げてきた。
「アラビアータはトマトありきなんです。3~5月に出回る茨城県産のスーパーフルーツトマトがめちゃくちゃおいしくて、うちで仕入れている味の濃い肉にも負けない。焼肉店にはにんにくや唐辛子もある。メニュー化してみたら、常連のお客さんが『この材料、アラビアータに似てるよね』って命名してくれました」
「2才の和牛上ミノ」は成牛よりも少し若く柔らかい和牛のミノのこと、黄ニラは仕入れの八百屋からのすすめで使うようになり、黄ニラのキムチという新しいメニューが生まれた。りんごのカクテキに至っては、栗原さんが修業先の焼肉店の社長から「この間、食べたんだよ」と聞いたことがきっかけで試作を繰り返し、メニュー化するに至った。

そのキムチ用の薬念(ヤンニョム)にも、一般的にはまず使わないフルーツ素材をピュレ状にして加えてある。
「ついやっちゃうんですよ。ヤンニョムケジャンなんて食べたことないのに、作れちゃった(笑)。飲食店はみんなそうですけど、特に対面カウンターのある焼肉店って、結果がわかりやすい。やった分だけ、結果や成果が見えてくる。この仕事って、やればやるほど楽しいんですよね」
アイドルタイムのないぶっ通し12時間営業の焼肉店。その空間と時間は2人にとって「自分にとっての楽しいこと」を考え、組み立て、客とともに実現する場なのだ。
文・写真:松浦達也