
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2026年春号では、芦屋「メツゲライクスダ」楠田裕彦さんに、地元神戸と職場がある芦屋周辺の愛すべき店を案内してもらいました。
三宮で長年愛され続けるカレー専門店「SAVOY(サヴォイ)」。
メニューは1988年の創業以来、ビーフカレーのみという潔さ。ただ一皿を磨き続ける、その揺るぎない姿勢が、この店を神戸の名店へと押し上げてきた。
「僕にとって、この店はカレーの基準値なんです」と、楠田さん。
「かつて、この店のすぐ近くには祖父が営んでいた魚屋があり、幼い頃からこの界隈は遊び場でした」。「SAVOY」のカレーもまた、少年時代から慣れ親しんできた、いつもの味だ。

カレーの土台となるのは、香味野菜から丁寧に引き出しただしと、牛肉の深い旨味。そこへ16種類ものスパイスを重ねることで、唯一無二の味わいが生まれる。
「辛いというより、スパイスが強いんです。その存在感が、この店ならでは。あの香りと刺激に、一度ハマると忘れられない人は多いと思います」。
そう話す、楠田さんの注文は、いつも決まっている。「大盛り、卵なし」。
皿の縁に添えられたピクルスや福神漬けを少しずつ合わせながら、無心でスプーンを進める。それが、この店をいちばん楽しむ、自分なりの流儀なのだという。


長く愛される店は、変わらないことを選び続ける強さを持っている。創業以来受け継がれてきた味は、現在もスタッフの南森智弥さんと佐藤海渡さんによって丁寧に守り続けられている。
楠田さんにとってこの店は、懐かしさを味わう場所であると同時に、自分の味覚を確かめるために帰ってくる場所でもある。そして神戸という街にとっても、この一皿はこれから先も受け継がれてほしい、大切な食文化の一つだ。


神戸市生まれ。ドイツ・フランスで修業後、鹿児島「クスダハム工房」を経て2004年、芦屋で独立。創業20年目となる24年、東京「麻布台ヒルズ」に新ブランドを出店。

文:船井香緒里 写真:福森クニヒロ