
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2026年春号では、芦屋「メツゲライクスダ」楠田裕彦さんに地元・神戸と、職場がある芦屋周辺の愛すべき店を案内してもらいました。
神戸・六甲道に店を構える「アムアムホウ」は、四川料理と点心を二本柱に据える一軒だ。店主・松本明さんは四川省と香港で研鑽を積み、開業後も現地へ足を運び続ける研究熱心な料理人。2008年のオープン以来、調味料の多くを自家製で仕込み、点心はすべて手包み。一人で厨房を切り盛りしているとは思えないほど、緻密で膨大な仕事を積み重ねている。
そんな店に長年通い続けているのが、「メツゲライクスダ」の楠田裕彦さんだ。
「惚れ込んでいる理由はいくつもありますが、強いて言えば技術力と、つくり手としてのセンスでしょうね」

そう話す楠田さんがまず挙げるのは、看板メニューの「点心三種盛り」。
なかでも、豚肉と芽菜を包んだ仔豚の点心は、思わず笑みがこぼれる愛らしい姿。しかし、その見た目だけで終わらないのが松本さんの仕事だ。
「かわいらしさとは裏腹に、挽き肉の歯応えや肉汁の閉じ込め方が本当に見事なんです。豚肉の挽き方ひとつを取っても、僕らシャルキュトリーとはまったく違う発想がある。料理人として学ぶことが本当に多いですね」
シャルキュティエだからこそ気づく、肉の扱い方の違い。その技術に、何度訪れても刺激を受けるという。


もう一つ、楠田さんが感嘆するのが、四川料理ならではの香辛料の使い方だ。
なかでも牛肉麺は、「ヨーロッパにはないスパイスの立たせ方が秀逸」と話す一皿。牛バラ肉から丁寧に引き出しただしの深いコクと脂の芳ばしさ。その上に、麻辣の鮮烈な香りと刺激が幾重にも重なり、力強さと繊細さが同居する味わいを生み出している。
開店当初から通い続け、仕事帰りに立ち寄ることも少なくないという楠田さん。
「ここへ来ると、新しい発見がある。そして、また頑張ろうという気持ちになれるんです」
料理人が料理人に惚れ込む理由は、味のおいしさだけではない。技術、探究心、そして一皿に宿る美意識。そのすべてが、「アムアムホウ」には詰まっている。




神戸市生まれ。ドイツ・フランスで修業後、鹿児島「クスダハム工房」を経て2004年、芦屋で独立。創業20年目となる24年、東京「麻布台ヒルズ」に新ブランドを出店。

文:船井香緒里 写真:福森クニヒロ