
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集から、今回ご紹介するのは、秋田・由利本荘にある齋彌酒造店「雪の茅舎」。 「雪の茅舎」の二本柱は、吟醸造りと山廃仕込み。特に山廃は、山廃らしからぬ清涼かつ繊細な味わいが特徴です。この味を醸すのはこの道60年、高橋藤一杜氏。酒造りすべてに真摯に向き合う熟練杜氏は、今なお「次の一手」を考え続けています。流行に寄せず、自然に学び、技を磨き、蔵の未来を考える――。その終わりなき挑戦の現在地を追いました。
一般的な櫂入れの目的は、もろみを撹拌することで内容物を均一化し、発生中の炭酸ガスを発散させ、健全な発酵を促すことにある。タンクの横に立つ蔵人が長い櫂棒を持って、それを動かす光景は、冬場の酒蔵で最も絵になる光景の一つだ。それをしない、という選択は、業界内では「常識外れ」であり、異端視されることだった。

だが、高橋杜氏はやみくもに櫂入れをやめたわけではない。実験における目視で「タンクの中では、微生物の活動によって自然な対流が起きている」ことを確認した上での決断だった。大きなほうろうタンクではもろみの動きが確認できないため、梅酒用の小さな透明瓶に酒を仕込み、その中でもろみが対流していることを確認したのである。加えて、櫂入れをしないもろみから搾った酒を周囲の人たちに利き酒してもらうと、そちらの酒のほうが好評を得る。さらには、櫂入れをしないタンクで醸した酒が全国新酒鑑評会で金賞を受賞したことで、蔵元公認の手法として定着するに至ったのだった。
こんな大胆な選択も、微生物が活動しやすい環境を整えているからこそ、成り立つことだと高橋杜氏は言う。「常に清潔な環境を保ち、米の状態に応じた適切な原料処理をし、丁寧な麹造りを行なう。それらの手順を踏んだ上でのことだから、櫂入れを行なわないという選択が成り立ちます。部分的なことだけを真似しても良い酒造りにはならないと思います」

櫂入れをしないことに加えて、高橋杜氏は、上槽した酒に加水をすることもしない。常に原酒の状態で商品化する。さらには、濾過もしない。理由は「そのほうが美味しい良い酒になるから」とシンプルだ。だが、そこに至る工程はシンプルではない。「櫂入れも濾過も加水もしない。そこは揺るがない。けれども、そのために搾るまでの酒造りをどうしたらいいのかということは、ずっと考え続け、積み重ねてきました」
ここまで積み重ねてきたこの蔵ならではの手法を次の世代にどう伝えていくか。それが現在の高橋さんの最優先課題だ。「私がここで今一番やらなければならないことは、次の世代、また次の世代、そのまた次の世代まで、この酒造りの手法を伝えて理解してもらうことだと思っています。もしも私が蔵にいなくなっても、この蔵の味を守ってもらわなければなりません。そのために私が今、蔵に残っているんです」


蔵に入ってきた新人を指導する際、高橋さんがまず見せるのは、蔵内ではなく、酒米の田んぼだということだ。
「まずは米を学んでもらいます。刈り取り前の田んぼの米を見せて、その時々の私の評価ですが、これは純米吟醸、これは純米だなと米の行き先を話します。米が蔵に入ってきてから判断するのでは遅いんです」
蔵内の酒造りでは、精米後の米、浸漬の状態、蒸し米など、工程に応じて目に映るもの、手ざわり、香りなど五感で感じたものを共有する。一方的な押しつけはしない。「若い人が自分で見て自分で感じる。その力をつけて自分で判断できるように。それが彼らの一生の財産になりますから」
次世代の育成のために、高橋杜氏は「人を育てるには、現場に余裕が必要です」と浩太郎蔵元に蔵人の増員を依頼。現在は総勢20名という大所帯だ。夕食の時間には、泊まり込みのメンバーで晩酌。さまざまな酒を杜氏とともに飲んで、意見を交わし合うという。昨今はやりの甘酸っぱい酒を飲んだ杜氏は「ワインに寄せるなら、米で造らなくてもいいでないか」と直球の一言。「この土地に与えられた米をわざわざ削って手をかけて造る。日本酒は、地球上で一番贅沢な最高の飲み物だと思うんです」
米を美酒に変える。60年間、それを続けてきた人が米の酒に寄せる思いは、どこまでも誇り高く、真っすぐだ。

文:藤田千恵子 撮影:竹之内祐幸