
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、小説家・増田晶文さんの偏愛酒、富山県の「三笑楽」をご紹介します。
日本酒をはじめて呑んだのは3歳。本人に記憶なきものの、信頼すべき筋の貴重な証言によれば――おちょこ一杯でポッ、頭の先からつま先まで桜色になり、見事にひっくり返ったそうだ。
以来62年(途中、法的に 17年ほどのブランクがあるけれど)、日本酒を呑んできた。時に感動し、あるいは憤激しながら盃を重ねてきた。25年前からは、晩酌した酒のラベルを引っ剥がして貼り付け、感想を書きなぐっている。その 「まさふみ御酒飲帖」をペラペラめくってみると、4年前あたりから「三笑楽」がやたら目立つ。
〇月×日 五箇山(ごかやま)仕込純米生原酒
いきなり迫りくる分厚さ、濃厚さ。個性もクセもあり。昨夜の「月の輪」の特別純米生原酒も偏頗(へんぱ)な魅力に溢れていたが三笑楽はその上をいく。センスは凄いが試合巧者といえぬボクサーの如し。
三笑楽の初呑みがこれ。ホメてるのかケナしているのかよくわからん(何しろ酔っぱらって書いてるからね)。でも、この酒とは妙に気があう。そうなると気になって仕方がない。懇意の酒屋の棚に三笑楽の新顔が並べばすぐに気づき、ニコニコと瓶に手をやる始末。
〇月×日 直汲み生原酒山廃純米
米は備前雄町。うまい、いける。シュワッと微発泡、甘辛酸のバランス◎、クリーミーで濃醇。濃いけれど大味な武骨さではなく、薄刃の鋭い斬味(きれあじ)、軽快さがある。妻、息子にも大好評。一升瓶がたちまち空く。この生、すこぶる、いい!
あれまっ、いつしか、すっかり三笑楽ファン。三日に上げずうまい酒、御酒飲帖に並ぶは「楽しく笑って三笑楽」。とりわけ、直汲み生原酒シリーズは濃密、芳醇、豊潤な酒にメのない私にぴったり。されど私は五味のバランスにウルサい。とりわけ苦、渋がさりげなく立つ酒が好きだ。キレ、余韻も慎重にチェック。アフタートーンのガラが悪い酒には出入禁止を申し渡す。
直汲み生原酒シリーズには備前雄町のほかに山田錦 、山田穂 、亀の尾などのバージョンがある。どれも逸品なれど、あえて私は備前雄町を推す。
そういうことで、熱暑極まった令和7年の夏は三笑楽に加え、「謙信」の生と「越乃景虎」の春陽を代わり番こ、胃の腑に収めては酩酊しておった次第。
〇月×日 ひやおろし純米酒
駆け足で過ぎ去ろうとする秋をおいかけ、三笑楽のひやおろしが登場。甘辛の対比がおもしろい。冷やで甘さ、燗をつけると辛さが半身ほど前へ出る。
前後して山廃純米吟醸亀の尾、山廃純米 、純米酒も呑んだ。三笑楽は富山県南砺市の五箇山で醸される。かの地は深き山々に囲まれ、合掌造りの集落が世界遺産になっている。世界遺産の中で醸される日本酒、そんなの三笑楽だけじゃないのか(知らんけど)。
蔵へいきたいな、蔵元と話したいな、どうやって酒をつくっているのかな。
「ええいっ、もう辛抱たまらん!」
ということで、いってきました五箇山の酒蔵。数多の蔵へお邪魔してきたけれど、鄙び指数でいえば三笑楽が間違いなくナンバーワン。だけど、何事も一番というのはええこっちゃ。
絶妙に古色蒼然、ムク犬がうずくまったような佇まいの蔵では、うら若き女子を含む4人が働いていた。キビキビ、ハツラツ、自ら仕事をみつけてテキパキ動く。蔵人がすれ違う際に、ふと覗く白い歯。神棚もきちんとお祀りしてある。
「この蔵はいい!」、即座に確信した。
七代目蔵元は山﨑英博。26歳から杜氏を務め今年49歳になる。
「小さい頃から職人に憧れ、母が切り盛りしていた蔵を継ぎました」
頑強そうな身体、大きな手、顔の道が、クリッとした鳶具立てもご立派。なかなかの存在感だが、とび色の眼は愛嬌たっぷり、ニッコリ笑うと場が和む。
「輸出やインバウンドも大事だけど、日本酒を日常の酒、晩酌の酒に戻したい。最初のワングラスでお終いじゃなく、のんびりじっくり呑んでほしい」
おっしゃるとおり。ここに同志がいた、うれしいねえ。うんうん、三笑楽は食卓の友とするにふさわしい佳品だ。
そして、蔵で眼についたのがシルバーに輝くいくつもの真新しい機器。
「低温加熱殺菌装置(パストライザー)は酒質を安定させ、高性能の垂れ壺が搾った酒を受け、ガスや香気を最大限に残してくれます」
これらが直汲み生原酒のうまさの秘密の一端。しかも、山﨑蔵元は居並ぶ新鋭機器を自分で分解調整してしまうというのだから恐れ入る。
「僕は燗上がりする熟成系の酒が大好きなんです。三笑楽もぜひ燗酒で!」
「ええっ、生酒も? 」
いわれてびっくり、酒を温め二度びっくり。ぬる燗の生酒も絶品でした。
とはいえ贔屓の引き倒しでは私の名折れ、蔵元も鼻白むはず。三笑楽にはまだまだ成長の余地がある。佳品が逸品、やがて銘酒に――その日が待ち遠しい。



文:増田晶文 撮影:衛藤キヨコ