
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集から、今回ご紹介するのは、秋田・由利本荘にある齋彌酒造店「雪の茅舎」。 「雪の茅舎」の二本柱は、吟醸造りと山廃仕込み。特に山廃は、山廃らしからぬ清涼かつ繊細な味わいが特徴です。この味を醸すのはこの道60年、高橋藤一杜氏。酒造りすべてに真摯に向き合う熟練杜氏は、今なお「次の一手」を考え続けています。流行に寄せず、自然に学び、技を磨き、蔵の未来を考える――。その終わりなき挑戦の現在地を追いました。
「この仕事にはゴールがないでしょう。これで完成というものがない」
御年80歳。酒造り60年という高橋藤一杜氏に、長く現役で活躍を続ける秘訣のようなものがあるなら、と尋ねた際の回答だ。「酒造りをしていると、今年は何も問題がなかったと思える年は、まずない。次はこうしよう、その次は、と考え続けて対処しているうちに、この歳月が過ぎました」

その“対処”には、年ごとに異なる米の状態にどう向き合うかも含まれる。過去のさまざまなデータを蓄積している高橋杜氏は、近年の温暖化と高温障害による硬い米をどう見ているのだろうか。
返ってきたのは「農家さんが作ってくれた米について、硬いなんて嘆くのは、職人の言葉ではないな」という一言。同席していた齋藤浩太郎蔵元も「そうですね。うちの蔵には、そういうことを口にする人間はいません」と静かな相槌を打って頷いた。齋彌酒造店(さいやしゅぞうてん)と酒米を栽培する20軒ほどの契約農家とは、四半世紀を超える長い信頼関係にある。昨今の米不足の際にも、価格の上がった飯米へ転作をする農家は一軒もなかったそうだ。

「気候変動は、ここまでくると元にはもう戻らないでしょう。だったらこれが当たり前という前提で取り組まないと前には進めない。日本酒というのは、人の仕事で質が決まる酒ですよ。米の質に責任をなすりつけるわけにはいきません」
杜氏として、酒の質を追求するには、米の質が大事、ということは百も承知の上での発言だ。だが、人の都合ではどうにもならない自然を相手に、どんな年でも酒を醸し続けてきたのが高橋さんの60年間だ。

半世紀前に30歳で杜氏資格をとり、秋田県の最年少杜氏としてこの蔵に入社したのは、1984年。「とにかく質の高い酒を」と希望する当時の蔵元・齋藤銑四郎さんと、「良い吟醸酒を造りたい」という高橋杜氏の熱意とが呼応しての就任だった。
以来、酒造りの最高責任者として、全国新酒鑑評会金賞の24回受賞など輝かしい業績を収め、その高い技術を市販酒に生かして飲み手を魅了し続けてきた。この10年、日本酒の消費量が低迷する状況の中で、この蔵では醸造量を倍以上に伸ばしたという。
2025年には、東京農業大学で開催された「プロフェッショナル・サケ・カレッジ」で「秘伝山廃 純米吟醸」が蔵元、酒販店主など酒のプロたちによる試飲の評価を得て総合1位を獲得した。なめらかな飲み口と清涼感を持つ山廃仕込みの酒は、高橋杜氏の真骨頂。どっしりとした重厚な酒という山廃のイメージを覆した流麗な酒だ。このきれいな酒質が生まれる背景には、清潔ということに徹した蔵の姿勢がある。

日本初のオーガニック認証を得たこの蔵の清潔さは、無理な殺菌によるものではなく、酒を醸す微生物たちが活動しやすい環境として保たれている。消毒は薬剤ではなく熱湯で。連日、掃除に次ぐ掃除の継続だ。
若き日、高橋杜氏は、よりよい酒造りを学ぶよすがにしたいと「浦霞(うらかすみ)」(宮城)故・平野佐五郎杜氏を表敬訪問したことがあった。その際に平野杜氏が発したのも「良い酒を造りたいのであれば、蔵に帰ったら掃除をしなさい」という一言だったそうだ。
高橋杜氏が山廃仕込みに初めて取り組んだのは、90年のこと。その際に、醸造に有用な乳酸菌などの微生物の力を生かすためには、薬剤による殺菌をやめたほうがいいと気づき、麹室のホルマリン殺菌を廃止することに。もう一つ、微生物の環境のために下した大英断は、発酵中のもろみの櫂入れをやめることだった。
その理由は「微生物の活動に人間は介入しないほうがいい」という確信から。「自然界というのはすごく精巧にできていて、人間が無理に手を入れると、そのバランスが崩れてしまうと気づいたんです」
(後編に続く)


文:藤田千恵子 撮影:竹之内祐幸