
編集部が注目する、おいしくて居心地のいい店をご紹介する連載「いい店見つけた!」。第9回目は、本格的な中国料理をアラカルトでもコースでも楽しめる、練馬の「東京中華シルクバレル」です。
にぎやかな練馬駅の中心地から一歩、静かな住宅街に入ったところに、地元民の間で評判になっている中華料理店がある。昨年6月末にオープンした「東京中華シルクバレル」だ。
東西文化が交わる「シルクロード」と、お酒を熟成させる木樽「バレル」とを掛け合わせた店名には、「多様な人々が食卓を通して関係を深めていける場になれば」という主人の藤本諭志(ふじもと・さとし)さんの思いが込められている。

藤本さんは、新宿の京王プラザホテル「南園」で李国超総料理長の下、本場の広東料理を身につけた実力派シェフ。そんな藤本さんが、練馬という場所を選んだきっかけはコロナ禍だった。「自分の店を持ちたい」と退職して場所を探していた最中に、感染が蔓延。企業の食品開発などに携わる傍ら、長く住んでいた練馬の居酒屋で間借りをしてお弁当販売もした。「そのときに街の人に声をかけてもらって感謝されて。肩肘張らず、ワイワイ楽しみながら食事ができるお店を地域につくりたいと思うようになりました」。

そんな藤本さんの思いが込められた料理は、どれも食べごたえ十分。なかでも、人気の「大海老のマンゴーマヨソース」は、その魅力が存分に堪能できる一皿だ。外側はざっくり、内側はふわっと揚がった衣の中には、身の締まった大ぶりの海老。そこにあわせるのは、よくあるチリソースではなく、とろりと濃厚なマンゴーソース。ケチャップとは違う、フルーティーでまろやかな甘酸っぱさが海老の旨味を際立たせ、「海老を食べた」という満足感が増す。

最初につまみたいなら、厚めに切ったチャーシュー、鴨ロース、中華ソーセージを盛った「焼き物3種盛り合わせ」がお薦め。「あらかじめ焼いたものを焼き直して出す店が多いですが、うちでは焼き立てならではのジューシーさが味わえます」と藤本さんは胸を張る。添えられた香り煮豆、梅ソースも見逃せない名脇役だ。まずは何もつけずに味わったあと、コクのある鴨ロースには、甘酸っぱい梅ソースをつけて頬張る。香ばしいチャーシューのあとには、箸休めにニッキが香るほんのり甘い煮豆をつまみ、さらに肉の食感が楽しめる手製のソーセージに手をのばす。自然と杯が進む、ニクい組み合わせだ。


広東料理をベースにする藤本さんの真骨頂は、「アワビと大海老、甲イカの自家製XO醤炒め」。干し貝柱を惜しげもなく使ったXO醤の深い旨味が、贅沢にカットされた新鮮なアワビ、海老やイカと季節野菜の持ち味を引き出しながら、調和の取れた味わいに仕立てている。青森十和田産のにんにく、このときの季節野菜には北海道の真狩産の百合根を使うなど、地方の生産者とのつながりも生かした一皿だ。


食べごたえとともに、藤本さんが大切にしているのが「香り」だ。「黒酢酢豚、揚げ野菜添え」は、黒酢の酸っぱい香りがやわらかく立ち上り、食欲がそそられる。それもそのはず、黒酢のタレには香ばしい中双糖、台湾産の干し梅「話梅(ワームイ)」のさわやかな風味がアクセントとして加えられているのだ。さらに料理する際に、鍋肌に焼きつけ、香ばしさを引き出す念の入れよう。こうした一つひとつの丁寧な仕事の積み重ねが、食べ進めても重たさを感じさせない、コクと軽やかさが両立する黒酢酢豚をつくり出している。

〆には、花椒が香る「陳麻婆豆腐」を。コロナ禍で、名店の助っ人としても働いたという藤本さん。四川料理の老舗で体得した味を、自分なりに磨きをかけた一品だという。熟成した豆板醤の旨味、麻婆豆腐用に調合した自家製辣油の風味豊かな辛味が一体となり、「麻(マー/しびれる辛さ)」と「辣(ラー/ヒリヒリする辛さ)」が重なる、四川料理王道の本格的な味が楽しめる。


食べ慣れた定番中華の味わいを、さりげなく更新してくれる料理の数々。週末のランチに初めて来て、「おいしかったから」とその日の夜に家族を連れて再訪するお客もいるという。家族で好きなものを頼んで取り分けるもよし、中華つまみを肴に一人で杯を重ねるもよし。ハレの日にコース料理をゆっくり楽しむのもいい。完成度の高い料理を、思い思いのスタイルでリーズナブルに楽しめる一軒。「近くにあったらいいな」――そんな理想を形にした店に、ぜひ立ち寄ってみてほしい。


文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏