
編集部が注目する、おいしくて居心地のいい店をご紹介する連載「いい店見つけた!」。第5回目は、渋谷の居酒屋「大人気(おとなげ)」や焼酎酒場「嚔(アチュー)」を運営する砂田兄弟が桜丘町にオープンした「C'est ouf(セウフ)」です。
「桜丘町にできた『セウフ』行きました?びっくりするぐらいおいしいし、いろいろと“ヤバい”ですよ」という会話を、この夏に何回聞いただろうか。
つまみも酒も抜群に旨い道玄坂の人気居酒屋「大人気(おとなげ)」や、今の焼酎ブームを引っ張る「嚔(アチュー)」を運営する砂田健太さんと康太さん兄弟が、今年4月、閑静な桜丘町にオープンした「Cherry Pick Hills」。朝は和定食、昼はファミレス、夜はトラットリアとして営業する変幻自在なカフェダイニングとして注目を集めているが、その翌々月の6月29日に、同ビルの地下1階に突如として現れたのが「C'est ouf(セウフ)」である。謎めいた店名はフランス語で「スゴい!」「ヤバい!」を意味し、実際、店を訪れた誰もが「ヤバい!」と口を揃える。
その「ヤバさ」とは一体何なのか?
其の1から其の4まで、細かく分けて解説しよう。
「いろいろヤバい」のは、まず、営業時間とその業態だ。「15時にオープンする立ち飲みのフレンチ」なんて、聞いたことがない。スタート時間の早さに関していえば、若者で1日中ガヤガヤしている渋谷駅前なら需要があるだろうが、店があるのは穏やかな桜丘町だ。そして、立ち飲みのカウンターがあるビストロは世の中にたくさんあるものの、だいたいスタンディング(席もいくつか)というのが新しい。しかも、コースではなくアラカルトである。アラカルト自体はさほど珍しくないが、キッチンを担うのは、ホテルの名門レストランでキャリアを積んだ若手ホープ。ちょいつまみレベルではなく、フレンチの技が凝縮した本気の小皿をアラカルトで楽しめる。そして、予約不要。ラフなのか、かしこまっているのか、一体どっちなんだ……?というミックス感が「ヤバい」のだ。
「メインはナチュラルワイン」にもかかわらず、カウンターには、こんなバーがあったら最高じゃないか!というウイスキーや焼酎がずらり。「まだオープンして間もないので、あまり揃っていませんが」と店長の長谷川さんは謙遜するものの、「桜尾」に「余市」、そして、大分県の久住蒸溜所のブレンデッドモルト「Green Dram」まであるとは恐るべし。そして、焼酎は砂田兄弟のお家芸ということもあってやはり圧巻のセレクション。西吉田酒造の「つくし 白」や、柳田酒造の「夏の赤鹿毛」、芋焼酎と麦焼酎にゆずの皮と果汁で香りづけした若潮酒造のスピリッツ「跳ねる一日」、天盃の麦焼酎「クラフトマン多田 スパニッシュ オレンジ」などなど。「他にも出していないのが何十本もあるので、好みを教えていただけたら」と言われたので、ソーダ割りにぴったりの、ややマニアックな銘柄はありますか?と聞いたら、柳田酒造の「mizuiro」を店の裏から持ってきてくれた。
ボトルがシャレていて焼酎には見えないが芋焼酎。「千本桜」や「青鹿毛」などの銘柄で知られる宮城県都城市が誇る柳田酒造の1本である。熟成ハマコマチ由来の甘い芳香がソーダでふわりと立ち上がり、メロンやバナナなどの果物のニュアンスが心地いい。取材日はギラギラと太陽が照りつける暑い日だったこともあり、キンキン&シュワシュワがかなり沁みた。
15時オープン23時ラストと聞いた瞬間、早すぎないか?需要あるのだろうか??と疑ってしまった自分を一発殴りたい。まだ明るい時間帯からゼロ次会的に飲みたい日や、終電間際の帰りがけに一杯飲みたいときにバー使いできるのがありがたい。「ジンやハードリカーなど、これからどんどん酒の種類は増えていきますよ」と長谷川さん。こんなフリーダムな店はなかなかない。
酒のラインナップ以上に驚かされるのは熊谷友宏シェフのキャリアだ。服部専門学校を卒業後、セルリアンタワー東急ホテルに就職し、宴会調理セクションを経て、地上150mからの夜景が圧巻のフレンチレストラン「タワーズレストラン クーカーニョ」に配属。2021年には、ルージエレシピコンクールの最優秀賞、同年にはAPGF(フランスレストラン文化振興協会)U-29フランス料理コンクールで準優勝、全国から約500店が参加する国内最大級のフランス料理イベント「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク2022」の中で、将来を嘱望されるフォーカスシェフ16名の1人に最年少で選ばれ……と、受賞歴を聞けば聞くほどにスゴい。そんな未来のホープがなぜ「セウフ」に辿り着いたのだろうか?
「出会ったのは2022年の冬ですね。砂田兄弟とは、彼らがオープンしたばかりの『大人気』で知り合いました。フレンチと居酒屋でジャンルは違うんですけど、話していたら、同じ飲食として意気投合したんです。そこから、同じ渋谷ということもあって、時間ができたら店に飲みに行くようになって。2号店となる『嚔(アチュー)』の相談とかを受けたり、メニュー構成とか話したり。いつかコラボできたらいいよね〜なんて話していたんですが、24年の冬に『話あるんだけど』って砂田兄弟から連絡が来て。そのとき『Cherry Pick Hills』と地下の店の構想を聞いたんです」
砂田兄弟から聞いたのは、「居酒屋ではなく、スタンディングのフレンチ、そして、ナチュラルワイン」。
「きっと『大人気』のような居酒屋をつくれば繁盛間違いなしなのに、彼らから『それだと面白くないから、立ち飲みのフレンチで、ナチュラルワインをメインに出す店をつくりたい。一緒にやらない?』と相談されて、ちょっと人生考えさせられちゃって。自分も、ちょうどその頃、ホテルで10年間働いた節目だったこともあり、将来についていろいろ考えていた頃だったんですね。別のホテルのフレンチレストランから誘いをいただいたり、メゾンからもスーシェフとして働きませんかとか声をかけてもらったり。でも、ガラッと何かを変えたいというか、新しい環境で大きなチャレンジしたいなと思っていて。そのタイミングに砂田兄弟から話をもらったこともあって、何かすごい運命のようなものを感じたんです」
熊谷シェフのキャリアを聞きながら、1杯目の「mizuiro」を飲み干し、2杯目は、久住蒸溜所の「Green Dram」を。そして、この店に来たらほとんどの人が注文するという“前菜の盛り合わせ”3,000円をオーダー。基本的に季節替わりで、取材日は、レバーパテ&バゲットに、チーズとほうれん草のキッシュ、鮮魚と青のりのフリット(この日の鮮魚は鯛)、ラタトゥイユ、赤ワインビネガーを効かしたキノコマリネ、鴨のロースト、バルサミコソースのサラダという布陣。シェフがホテルのフレンチ出身という前情報がなかったとしても、どの前菜も明らかにクオリティが高い。「キッシュに使用しているチーズは24ヶ月熟成のパルミジャーノです」とのこと。コク深く、食べた後の余韻までが旨い。
3杯目はワインに切り替えて、アレクサンドル・バンのソーヴィニヨン・ブランを。今をときめくフランス・ロワール地方の造り手で、ミネラルと酸が強く、パイナップルジュースのような南国系の果実の風味もある1杯。ちょうどワインと同じタイミングでやってきたのが、店の定番メニュー、“マリネサーモンパイ”1,200円。「お寿司みたいに、手でサクッとつまめるものがあるといいなと思って考案したメニューです」と熊谷シェフ。サーモンとパイの間に見えるのは、サワークリームとマスカルポーネとレフォール(西洋わさび)。このレフォールが香り高くて、いい仕事をしているのだ。ワインが進んで仕方ない。
次にオーダーしたのは、“ウフモレ・ブルゴーニュ風”1,100円。「ブルゴーニュ地方の伝統的な郷土料理、ウフ・アン・ムーレットは、赤ワインのソースでつくるポーチドエッグなんですが、それを手でつまんでパクッといける一品にアレンジしたのがこの料理です。半熟卵を赤ワインとポートワインで煮付け、パセリバターとクルトンをのせて、乾燥させたベーコンを散らしています。ちょっとお酒が進むように、ジャンク感を加えていて、にんにくをクドくないレベルまで効かせています」とシェフ。トロッとあふれる卵の黄身が、にんにくの香るパセリバターと絡み、クルトンの食感が重層的なリズムを奏でる。確かに、この上品なジャンク感。たまらん。
キッチンを見ると、熊谷シェフが“オムレツと木の子クリーム”1,800円をつくっていた。「ホテルに就職して最初は、宴会会場の調理スタッフになって、そのあとは、しばらく朝食を担当していたので、スクランブルエッグやオムレツ、卵の白身だけでつくるホワイトオムレツは、数え切れないぐらいつくりましたね」とシェフ。その言葉に深く納得してしまうぐらい、動きに一切の無駄がない。思わず見入ってしまうほど、キビキビとオムレツを仕上げる。その姿に、10年のホテルのキャリアが垣間見えた。
オムレツから立ち上る湯気がいきなり旨い。マッシュルームとベーコンの味が凝縮したクリームソースは香りも味わいも濃厚。オムレツは誰もが心ときめく絶妙なふわっふわ加減。上にかかっているチーズが本当においしいなぁと思って聞いたら、まさかの答えが返ってきた。「パルミジャーノだと、馴染みがありすぎて、ちょっと安っぽくなってしまう。ペコリーノでもいいんですが、もう少しコクを足したい。という流れでコンテを使っています」とシェフ。口の中がソースと卵とコンテチーズで満たされる。「立ち飲み」から連想される料理のクオリティとは、次元が違う。
最後にオーダーしたのが“麺Noir”1,400円。シェフ曰く「『大人気』の〆の定番に“麺”という具なし油麺があるんですが、あれみたいに、食べ終わってすぐまた食いたい!と思っちゃうような、中毒性が半端じゃない麺の料理をつくりたくて」という流れでできた病みつき必至の一品。イカスミと竹炭入りの漆黒中太麺に超濃厚&クリーミーなチーズソースがトロンと絡み、一度食べたらフォークが止まらなくなる。ただただ旨い。
15時からオープンしているからゼロ次会的な使い方ができて、こんなバーがあったら最高だ!というウイスキー、焼酎、ナチュラルワインが揃っていて、予約なしのスタンディングだからとっても気軽に入れて、フレンチ界で期待される若手ホープによる創作料理をアラカルトで楽しめて……という、この店の「ヤバさ」がお分かりいただけただろうか。
「8月は育休で1ヶ月休みますが、9月に戻ったら、新しいメニューをどんどん投入していきますよ」とシェフ。夏を経て、いよいよ秋が到来。カムバックしたシェフがこれからどんな料理を繰り広げるのか、今後が楽しみで仕方ない。
文:仁田恭介 撮影:工藤睦子