
琵琶湖、山里の双方の恵みである豊かな食材と歴史ある発酵文化。その多彩な食に寄り添うのが滋賀・木之本の酒「七本鎗」だ。「飲んだら、蔵周辺の自然を感じられるような地酒で、土地を表現したい」。そう願う蔵元杜氏の冨田泰伸さんが地元の米、土、水を生かしながら、重ねてきた酒造りとは――。本記事は「日本酒dancyu vol.1」(2025年2月6日発売)から特別公開中。
2026年2月5日に発売を予定している「日本酒dancyu vol.3」。
その発売にさきがけ、2025年に発売した「日本酒dancyu vol.1 ゴールデンエイジの日本酒」から、記事を一部抜粋してお届けします。

創業は天文年間。関ケ原の合戦以前から酒造りの長い歴史を刻んできたのが「七本鎗」醸造元の冨田酒造だ。その十五代目蔵元が冨田泰伸さん。冨田さんが杜氏として率いる蔵では、生酛、木桶仕込みといった伝統的な手法も導入しての酒造りが行なわれている。
日本酒は米の酒。その本来の在り方に根差して醸される酒は、米の旨味ときれいな酸を併せ持つ。ジビエにも合うような力強さを持ちながら、ナチュラルで優しい酔い心地も運んでくる。冷やでも燗でも映える、食中酒としての複雑で奥深い味わいが特徴だ。

冨田さんが物心ついたときから目にしてきた母屋は、1744年の建築だという。時を刻み、風雪に耐えたものに囲まれてきた人は、伝統的なもの、本質的なものと呼応するのだろう。蔵を継ぐと決めた2002年。蔵入りの前にヨーロッパの酒蔵を巡る旅に出た20代の冨田さんは、現地で出会った醸造家たちから大きな示唆を受けた。
「フランスのワイナリーでは、建物も含めての歴史の深さに感動しました。酒蔵というのは、酒を造るだけの場所ではない、と気づかされて。『自分たちが育てた葡萄でワインを造り、この土地を表現する』という言葉を聞いたときには、すげえ、かっこいい!と。地域のものを造ることの喜びと誇り。そういうものに心動かされて、自分がこれからやることもこれだと決めて滋賀に戻りました」



旅を終えて生家の蔵へ入ったのは、同年秋。当時の冨田さんは27歳。異業種での仕事を経て蔵を継いだ若き蔵元は、その前後にも全国各地の酒蔵を突撃訪問し、蔵元の在り方を学ぼうとしていた。蔵に戻ってまず取り組んだのは、滋賀の米を知ること。地酒とは何だろうと考えたとき、当然の帰結として選んだのは、玉栄や吟吹雪といった滋賀産の米だった。
なかでも冨田さんが特に興味を惹かれたのは、玉栄。一般的には「硬くて扱いにくい」と言われがちな米だが、硬い中に潜むきれいな旨味を丁寧に引き出すよう醸せば、同時に良い酸も出てくるという持ち味があった。
硬いが抑制の効いた旨味と酸の輪郭が魅力の玉栄。対照的に軟質の酒米・渡船を使うとやわらかな旨味が出せる。性質も扱い方も違うなら、それぞれの米の個性を生かすべく、単一で用いるほうがいい。米の個性に焦点を当てた冨田さんの酒造りは、単一品種の小仕込みで、という方向へと向かう――。


文:藤田千恵子 撮影:佐伯慎亮