dancyu本誌から
食中酒の大定番!米の味を豊かに表現した、滋賀の「七本鎗」が目指す先

食中酒の大定番!米の味を豊かに表現した、滋賀の「七本鎗」が目指す先

琵琶湖、山里の双方の恵みである豊かな食材と歴史ある発酵文化。その多彩な食に寄り添うのが滋賀・木之本の酒「七本鎗」だ。「飲んだら、蔵周辺の自然を感じられるような地酒で、土地を表現したい」。そう願う蔵元杜氏の冨田泰伸さんが地元の米、土、水を生かしながら、重ねてきた酒造りとは――。本記事は「日本酒dancyu vol.1」(2025年2月6日発売)から特別公開中。

日本酒dancyu vol.3 発売間近!

2026年2月5日に発売を予定している「日本酒dancyu vol.3」。
その発売にさきがけ、2025年に発売した「日本酒dancyu vol.1 ゴールデンエイジの日本酒」から、記事を一部抜粋してお届けします。

生酛仕込みが生む、奥行きのある無二の味わい

冨田さん
「今の冨田酒造を表現している4本」として冨田さんがセレクト。写真左から、ビンテージシリーズ「琥刻」(2023BY)の生酛仕込2,420円、完全無農薬栽培の玉栄使用の純米酒「無有」2,200円、精米歩合を80%に抑え玉栄ならではの力強い濃厚な旨味を表現した低精白純米1,705円、木桶による生酛仕込みという個性が際立つ「木ノ環」生酛2,200円。すべて720ml。

創業は天文年間。関ケ原の合戦以前から酒造りの長い歴史を刻んできたのが「七本鎗」醸造元の冨田酒造だ。その十五代目蔵元が冨田泰伸さん。冨田さんが杜氏として率いる蔵では、生酛、木桶仕込みといった伝統的な手法も導入しての酒造りが行なわれている。

日本酒は米の酒。その本来の在り方に根差して醸される酒は、米の旨味ときれいな酸を併せ持つ。ジビエにも合うような力強さを持ちながら、ナチュラルで優しい酔い心地も運んでくる。冷やでも燗でも映える、食中酒としての複雑で奥深い味わいが特徴だ。

日本酒瓶
江戸時代から続く伝統的な生酛造りの要となる“酛すり”。二人一組になって、半切り桶の中の米をすっていく。することによって天然の乳酸菌による乳酸が発生しやすい環境をつくり、雑菌を抑制する。冨田酒造では30回×5セットを時間を置いて数回繰り返す。

地域のものを造ることの誇りと喜び

冨田さんが物心ついたときから目にしてきた母屋は、1744年の建築だという。時を刻み、風雪に耐えたものに囲まれてきた人は、伝統的なもの、本質的なものと呼応するのだろう。蔵を継ぐと決めた2002年。蔵入りの前にヨーロッパの酒蔵を巡る旅に出た20代の冨田さんは、現地で出会った醸造家たちから大きな示唆を受けた。

「フランスのワイナリーでは、建物も含めての歴史の深さに感動しました。酒蔵というのは、酒を造るだけの場所ではない、と気づかされて。『自分たちが育てた葡萄でワインを造り、この土地を表現する』という言葉を聞いたときには、すげえ、かっこいい!と。地域のものを造ることの喜びと誇り。そういうものに心動かされて、自分がこれからやることもこれだと決めて滋賀に戻りました」

冨田泰伸さん
冨田酒造の十五代蔵元であり杜氏を務める冨田泰伸さん。1974年生まれ。背景は完全無農薬で酒米を栽培し、冨田さんの追求する酒造りと根本で共鳴し合う篤農家・家倉敬和さんの田んぼ。純米酒「無有」に使用する玉栄がつくられる。
北國街道沿いに建つ冨田酒造
北國街道沿いに建つ冨田酒造。美しい格子戸、引き戸など旧き時代の趣を残す木造2階建ての大型町家は1744年建築の登録有形文化財。店内にはかつて滞在したという魯山人篆刻の「七本鎗」の扁額がある。
蔵から程近い賤ヶ岳の山中からは余呉湖と琵琶湖が見渡せる
蔵から程近い賤ヶ岳の山中からは余呉湖と琵琶湖が見渡せる。滋賀県が湖国と呼ばれるのは、この美しい光景から。

地元米・玉栄が持つ抑制の効いた旨味と酸の輪郭を表現する

旅を終えて生家の蔵へ入ったのは、同年秋。当時の冨田さんは27歳。異業種での仕事を経て蔵を継いだ若き蔵元は、その前後にも全国各地の酒蔵を突撃訪問し、蔵元の在り方を学ぼうとしていた。蔵に戻ってまず取り組んだのは、滋賀の米を知ること。地酒とは何だろうと考えたとき、当然の帰結として選んだのは、玉栄や吟吹雪といった滋賀産の米だった。

なかでも冨田さんが特に興味を惹かれたのは、玉栄。一般的には「硬くて扱いにくい」と言われがちな米だが、硬い中に潜むきれいな旨味を丁寧に引き出すよう醸せば、同時に良い酸も出てくるという持ち味があった。

硬いが抑制の効いた旨味と酸の輪郭が魅力の玉栄。対照的に軟質の酒米・渡船を使うとやわらかな旨味が出せる。性質も扱い方も違うなら、それぞれの米の個性を生かすべく、単一で用いるほうがいい。米の個性に焦点を当てた冨田さんの酒造りは、単一品種の小仕込みで、という方向へと向かう――。

コミュニケーションをとりながら共同作業を進めていく面々
朝礼や情報共有ノートなど、コミュニケーションをとりながら共同作業を進めていく面々。担当は固定制ではなく、どの持ち場の仕事も全員が関わるようローテーションする。前列右から前澤渓太さん、久木田竜大さん、森田碧さん、登立和真さん、木村元貴さん。後列右から黒田武仁さん、原田雅範さん、蔵元杜氏の冨田泰伸さん、前川晋也さん。※蔵人は2025年の掲載当時。
日本酒dancyu vol.1(dancyu 2025年3月号別冊)
日本酒dancyu vol.1(dancyu 2025年3月号別冊)
A4変型判(160頁)
2025年2月6日発売/1,700円(税込)

文:藤田千恵子 撮影:佐伯慎亮

藤田 千恵子

藤田 千恵子 (ライター)

ふじた・ちえこ 群馬県生まれ。日本酒、発酵食品・調味料、着物の世界を取材執筆するライター。dancyu日本酒特集にも寄稿多数。1980年代中盤に日本酒の業界紙でアルバイトしていたことがきっかけで神亀酒造・小川原良征氏と出会い、以後三十余年の親交を続ける。小川原氏の最晩年には、氏からの依頼で病床に通い、純米酒造りへの思い、提言を聞き取り記録した。