
dancyu食いしん坊倶楽部メンバーと立ち食い蕎麦の隠れた名店や実力店を巡っていく連載企画。第5回は、綾瀬駅の高架下に突如誕生した、朝から飲めちゃう立ち食い蕎麦店で飲みまくります。
北千住から荒川を越えて1駅。東京メトロ千代田線とJR常磐線が乗り入れる綾瀬駅。その高架下にある駅直結の商業エリア「M’av綾瀬リエッタ」に、2024年12月にオープンしたのが「立ち食い蕎麦 酒処 稜(かど)」です。店名にある通り、立ち食い蕎麦店でありながら酒が飲めるというこの店、一緒に訪れたのは「立ち食い蕎麦店を選ぶ時は、天ぷらやサイドメニューなど“蕎麦のそばにあるもの”にも注目しています」という倶楽部メンバーの「こじ」さんです。



カウンターで蕎麦を啜る人たちを横目に、すっかり飲む気マンマンな我々。しかし券売機を前にして、思わず絶句してしまいます。「つ、つまみの選択肢があまりにも多い!」。天ぷらだけでも30種類以上あり、さらには酒肴の品書きが壁にもたくさん貼られていて、何を頼んでいいのやら。すると、カウンター内の厨房から声が掛かります。
「それでしたら、900円の“稜セット”がお薦めですよ!ワンドリンクに前菜3種、そしてお好きな天ぷらを2品選んでいただけます」(店長・坂野和由さん)
そんなお得なサービスが!まずはアドバイスに乗っかって稜セットを注文。こじさんが選んだのは生ビール(グラス)に紅生姜天と海苔天という、なんとも渋いチョイス。日替わりの前菜3種も酒飲みのツボを心得た内容で、目の前の光景は最早ちょっとした宴会です。

「立ち食い蕎麦で、こんなに美味しい生ビールが飲めるなんて!揚げ具合が軽やかな天ぷらも、立ち食いのレベルを超えてます」(こじさん)
料理の旨さにあっという間にグラスが空き、さて次は何を飲もうかと考えていると、またしても厨房からアドバイスが。「“特ドリンク3杯セット”なら、1,000円でチューハイやハイボール、日本酒、焼酎が3杯飲めますよ」(坂野さん)。そんなセットを教わったなら、こちらも迎え撃つしかありません。セットで頼めるレモンサワーに加えて鯵のたたきと、日替わりの天ぷらからメゴチ天とブロッコリー天を追加で注文。



「刺身など鮮魚を使った料理もたくさんあって、しかも新鮮で美味しい。さっきから思ってたんですけど……ここ、本当に立ち食い蕎麦屋さんですか?(笑)」(こじさん)
聞けば店長の坂野さんは、懐石料理から鮨、天ぷらまで、和食店を渡り歩いた50年以上のキャリアを持つ料理人。和食の調理をすべて経験した坂野さんが、その究極として挑みたかったのが立ち食い蕎麦だったのだそう。
「私が以前やっていた店の常連さんが、現店舗のオーナーだったんです。その店は体調を崩して一旦閉めたんですが、その後、オーナーが声をかけてくれて、一緒にこの店をやらせてもらうことになった。長く和食をやってきたものですから、この近くにある足立市場にも卸の知り合いがいて、魚介や野菜など新鮮な食材を安定して仕入れられる。毎日のように来てくださるお客さんもいますから、飽きさせないように、旬の食材なども使う料理を出していたら、メニューも増えてしまいました」(坂野さん)

「また私は酒販店とも長い付き合いがありますから、全国各地の珍しい日本酒も入れていて。地酒を目当てに遠くから来るお客さんも多いですよ」(坂野さん)

酒肴だけではなく、蕎麦メニューへの力の入れ方も半端ではない。
「だしの中身はちょっと教えられないんですけど、数種類の削り節から毎日だしを取ってます。麺も当店用に粉の配合を変えてもらっています。天ぷらもかき揚げなどよく出るものは揚げ置きになる場合もありますが、基本的には注文ごとの揚げたて。天ぷらの素材の味を損なわないように、つゆは濃すぎず、だしの香りが引き立つように気を配っています」(坂野さん)
こじさんが注文したのは、好物のゲソ天そば。大きめにカットされたいかゲソがゴロゴロ入って、いかの身は柔らか。つゆに浸した衣がまた旨いんです。さらにはセットメニューも豊富。編集が注文したミニ天丼セットは、全然ミニとはいえないボリュームにびっくり!
夕方になれば、晩ごはんのおかずに天ぷらをテイクアウトする主婦の方も訪れ、ついでに軽く1杯飲んで一息つく……なんて光景も。働く人たちの胃袋を満たし、酒飲みの願望を存分に叶え、さらには家庭の食卓も支えている。最寄駅にこんな立ち食い蕎麦があったら最高なんだけどなあ、と思わず神様にお願いしたくなる、「立ち食い蕎麦 酒処 稜」なのでした。


文:宮内 健 写真:編集部