
dancyu食いしん坊倶楽部メンバーと立ち食い蕎麦の隠れた名店や実力店を巡っていく連載企画。第4回は、東京の三大商店街のひとつとして知られる戸越銀座商店街に、2024年にオープンした異色の立ち食い蕎麦店へ突撃!
五反田から東急池上線に乗って2駅。池上線「戸越銀座駅」で降りると改札を通るあたりからだしのいい香りが。そして徒歩5秒もかからず店の前へ到着。今回伺う「立喰いそば でん」は、水道橋を筆頭に中目黒、蒲田など都内を中心に7店舗を展開する「もつ焼 でん」が始めた立ち食い蕎麦店なのです。


6、7人も入ればいっぱいになりそうなコンパクトな店内。入口の券売機には「かき揚げそば」「春菊天そば」「ゲソ天そば」といった立ち食い蕎麦には馴染み深いメニューに加えて、「マルチョウそば」「ハムキャベツそば」「カリカリポテトそば」といったちょっと珍しい文字列が並びます。ここは店のイチオシである、マルチョウそばから注文してみましょう。

新鮮な牛小腸をさっと下ゆでした後、ねぎと一緒に醤油たれで軽く煮立たせる。それを香り高いそばつゆがなみなみと注がれたかけそばにのせれば、マルチョウそばの出来上がり。
まずはかけつゆを一口。甘さを抑えたやや強めのかえしに、焼きアゴの上品な香りと深いコク、鰹節の力強さ、さらには鯖節や煮干しの旨味が重なって、このつゆだけでも相当に美味しい。

「つゆにマルチョウの脂と甘辛いたれが少しずつ溶けてきて、麺を食べ進めていくごとに味わいが変化していきますね」(旅するお菓子やさん)
マルチョウはぷるんとした歯応え。噛むごとに澄んだ脂の甘さと旨味が広がって、口の中で柔らかく溶けていく。もつの素晴らしい処理は、さすがもつ焼き専門店ならでは。立ち食い蕎麦にしては少々値段は張るものの、これは他では味わえない旨さです。
続いて、メニューで気になったハムキャベ天そばを注文。ハムとキャベツ、どちらも天ぷらのたねとしては珍しい食材だけに味も形もまったく想像がつきません。

ハムキャベ天は、ざく切りにしたキャベツとロースハムをかき揚げにしたもの。揚げたての天ぷらは、ハムの風味がグンとアップして、キャベツも甘味が増してほくほくに。キツネ色に焦げ目のついた葉の端は香ばしく、新感覚の美味しさに。天ぷらをつゆに沈めて、だしをたっぷり含ませるとさらに旨い。
それにしても、もつ焼き専門店が立ち食い蕎麦屋をはじめたのはどういう経緯があったのか。「でん」代表の内田克彦さんが語ってくれました。

「そもそももつ焼き屋を始めたのも、おじさんが集まる商売をしたかったんから。立ち食い蕎麦屋もそうですよね。もちろん僕自身も立ち食い蕎麦が好きでしたし。麺は口に入れた瞬間に、ちょっとざらっとした感じもある“むらめん”の蕎麦。あれが好きだったんです。そういう昔ながらの立ち食い蕎麦の王道っぽさもありながら、だしや具は無添加のものを出す。そして、牛もつの脂を和風のだしに合わせたら絶対旨いだろうなと思って、マルチョウそばをやりたかった。それが、この店を始めたきっかけですね」(内田さん)
「立ち食い蕎麦でアゴだしを使うのはちょっと珍しいと思いますが、どういう発想から?」(旅するお菓子やさん)
「僕の出身が新潟の佐渡なんです。佐渡島は昔からアゴだしなんですよ。僕の家も母ちゃんがずっと焼きアゴで出汁をとってた。昔は1匹10円とかで売ってたけど、今なんか300~400円ぐらいしますからね。さすがにアゴだしだけで作るのはコストがかかるし、立ち食い蕎麦らしくもなくなりますからね。それで、アゴ30%、鰹節30%、鯖節20%、煮干し20%という割合になりました。焼きアゴ以外も、日替わり天ぷらの野菜なんかも佐渡の地物を多く使うようにしています。佐渡で採れる海藻のながも(アカモク)の天ぷらも旨いんですよ(笑)」(内田さん)
立ち食い蕎麦としての満足度をばっちりキープしながら、他にないオリジナリティも追究する「立喰いそば でん」。斬新な発想から、新たな立ち食い蕎麦のスタンダードを生み出すかもしれないこの店に注目です。


文:宮内 健 写真:編集部