
dancyu食いしん坊倶楽部メンバーと立ち食い蕎麦の隠れた名店や実力店を巡っていく連載企画。第6回は立ち食い蕎麦の実力店が集まる茅場町で、新潟の蕎麦と酒を存分に味わい尽くします。
東京メトロ「茅場町駅」の一帯は、明治時代から日本を代表する金融・証券の街として発展してきたエリアであり、今も江戸の情緒を残す水辺の街でもあります。そんな茅場町駅周辺は立ち食い蕎麦の実力店が林立する、立ち蕎麦激戦区でもあるのです。その中でも、布海苔を使った新潟・十日町の蕎麦で独自路線を走る「がんぎ 新川一丁目店」へ伺いました。

一緒に訪れたのは「立ち食い蕎麦店を選ぶ時は、天ぷらやサイドメニューなど“蕎麦のそばにあるもの”にも注目しています」という倶楽部メンバーの「こじさん」です。

1992年に近隣にある「がんぎ 新川二丁目店」が開店し、ここ「新川一丁目店」がオープンしたのが94年。この「がんぎ」で提供しているのは、新潟・十日町で伝統的に作られてきた布海苔蕎麦。まずは蕎麦そのものの風味を味わうべく、「かき揚げそば(冷)」を食べてみましょう。

十割の蕎麦粉と、小麦粉を一切使わずにつなぎとして布海苔を加えた麺は、つるんとした舌触りとぷちんとはじける歯切れのよさが特徴。噛むごとに蕎麦の香りが広がり、奥からほのかに磯の香りを感じます。キリッと辛めのつゆが、この蕎麦にまた合う。店で揚げている天ぷらも、さっくりとした揚げ具合で抜群です。


「私の父である先代が十日町出身でして。故郷の蕎麦を東京のみなさんに手軽に味わってもらいたいと立ち上げたのが、この『がんぎ』なんです」と語るのは、「がんぎ」を運営する株式会社い和多 代表取締役社長・岩田将東さん。蕎麦は自家製麺。手摘みの布海苔を銅鍋で1時間ほど煮詰めた後、一晩置いてから蕎麦粉と練り込んで生地をつくるという実に手のかかったもの。つゆは自家製のかえしに、鯖節、ソウダ節、枯節などをブレンドしただしでつくり、かけつゆともりつゆではだしの配合を変えている。

続いて、店の名物である「椎茸五目そば(冷)」を注文。肉厚の椎茸がどーんとのって、さらにゆで卵、蒲鉾、わかめが添えられた賑やかな一品。やや甘めの味付けで煮しめた椎茸は、噛めばだしと椎茸の旨味が波のように押し寄せる。この椎茸の煮しめだけで何杯でも酒が飲めてしまいそう……。ということで、たまらず日本酒も注文。


さらにもう一品、「にしんそば(温)」。上品な甘味で炊かれた鰊は、身はふっくらで骨まで柔らか。これまた鰊だけでも酒のつまみになる旨さです。温かいつゆは冷しと趣をかえて、だしの風味がより際立つ印象に。

「椎茸や鰊の食材そのものが美味しいのもそうですが、煮物の味付けが素晴らしく丁寧ですよね」(こじさん)
それもそのはず。「がんぎ」を運営する「い和多」は、創立60年を迎える仕出し弁当の専門店。弁当や惣菜づくりの技術とノウハウは、天ぷらや椎茸の煮付けなど蕎麦のトッピングの調理にも生かされています。
「『人間は食べたものそのものである』というのが、弊社の企業理念でもあります。食べたものでしか人間をつくれない。だからこそ我々は、食べる人のためになるものを真摯に提供していきたい。とくに立ち食い蕎麦は、忙しくて時間のないときにサッと食べるものじゃないですか。美味しいのはもちろんのこと、無添加で安全な食材や調味料を使い、丁寧に調理したものをお出ししたいんです」(岩田さん)
この「がんぎ」、夜は別の顔が……。17時から、新潟の地酒が充実した立ち飲み蕎麦居酒屋に変貌するんです。上越、中越、下越、そして佐渡と、県内の全エリアから常時20種近くの銘柄を揃え、中には都内ではなかなか出会う機会の少ない酒も。

「日本酒は開栓したらどんどん劣化していくので、これだけの種類を置くのは難しいという店も多いはず。だけど、うちのお客様はみなさんガンガン飲むので、一升瓶を10種類ぐらい開けても1週間もすれば全部無くなっちゃう(笑)。一番多い時で、この店だけで月に120本空きましたからね。ちなみにアルコールのメニューは日本酒とビールだけ。サワーや焼酎など他の酒は置いていません(笑)」(岩田さん)
17時から注文できる酒肴が、また酒飲み垂涎の品書きばかり。入社29年の店長・篠山義之さんが手がける料理は、揚げ物から焼き物、旬の魚介の刺身まで、ここが立ち食い蕎麦屋だということを完全に忘れさせるほどの充実ぶり。もちろん、蕎麦や天ぷらも注文できます。
「立ち食い蕎麦屋で、まさかニジマスの塩焼きやホヤの刺身が食べられるなんて!ここにいたら、日本酒を無限に飲めてしまいそうで怖いです(笑)」(こじさん)
「母体が弁当製造業ですから、食材の仕入れルートはしっかり持っている。また『がんぎ』は合わせて3店舗あるんですが、夜のつまみに関してはすべて各店長の裁量に任せています。だから、それぞれ出してる料理が違うんですよ」(岩田さん)
「お客様は近隣で働く方が多いので、週2、3回来てくださる方もいる。そうなると同じものばかり出しているように見られてしまうので、メニューは工夫しています。夏場は鰻の蒲焼きなんかも出しますしね」(新川一丁目店 店長・篠山義之さん)


立ち食い蕎麦屋としても日本酒酒場としてもそれぞれに魅力があり、昼も夜も立ち寄りたくなる「がんぎ」。30年以上に渡って茅場町のビジネスマンたちに愛され続ける理由は、その丁寧な味わいからも滲み出ているのです。


文:宮内 健 写真:編集部