
酒販店の立ち飲みは、気軽に立ち寄れてさくっと一杯を楽しめるのが魅力。しかしながら青森市の「地酒庵さとう」では、充実の美酒の揃えだけではなく、すこぶる旨いつまみにも魅了され、ちょっと一杯のつもりがすてきな長居になる。
角打ちとも呼ばれる酒販店飲みは昔から各地で見られたが、ここ数年、新顔があちらこちらで誕生している。その多くは洗練された構えで、通りすがりの旅人でも入りやすいのが特徴だ。創業から100年以上の歴史を紡いできた、青森市の「地酒庵さとう」もその一つ。地元の愛飲家が頼りにする一軒だが、2023年に日本酒を主役とした立ち飲みのカウンターコーナーが設けられた。
カウンター内のサーバーや傍らの冷蔵庫には県内の銘酒24種が常時待ち受け、青森市・西田酒造店の「田酒」をはじめ、少量仕込みの限定酒や季節のレアものと出会えることも少なくない。さらには弘前市・三浦酒造が醸す「豊盃LIVRER(リブレ)」のように、この店オリジナルの銘柄もあり悩ましい限りだが、基本ワンコイン前後で飲めるハーフサイズ(60ml)なら、ひとりでも飲み比べを満喫できるのがうれしい。
ひとくくりにはできないものの、青森の酒の味わいはエリアで異なり、西の津軽地方は桜、東の南部地方は新緑、中央に位置する「田酒」は満月を思わせる印象がある。その違いは初心者でもわかりやすく、探求は愉快。加えて岩手や山形のほか県外の銘酒もあり、地域を広げた比較にも好奇心が刺激される。ほかサワー、ハイボール、県内産を含むワインやクラフトビールなど、ご機嫌ほろ酔いに至る道筋は多様だ。





角打ちの開店は11時、ラストオーダーは17時30分。仕事が早めに終われば昼飲みもできるし、夜のエンジンをかけるゼロ次会にもおすすめだが、できれば腹にすき間があるときに訪れてほしい。というのもこの店はつまみもすこぶる旨く、大いに誘惑されるのだ。手の込んだ約20品の美味はいずれも口にした瞬間、ご満悦の笑みがこぼれ、「ああ、これはやばいっ」と、ドキドキすることだろう。強く強く強く酒を欲する、極めて絶妙なおいしさなのだ。
例えばクリームチーズとイカの塩辛を混ぜ合わせた「チーズ塩辛」は、マイルドな塩気と深い旨味の濃密デュエットでぐいっと心を鷲づかみ。大間のマグロの酒盗をのせた「イタリアン冷やっこ」は、上質なオリーブオイルが双方をなめらかに結びつけ、口中で甘美にとろける。「青森ホタテのアヒージョ」のようなご馳走メニューを含め、青森がそこかしこに潜む酒肴は、女将・佐藤史子さんのアイデア料理。食材選びから組み合わせの塩梅まで、酒との相性を考えて吟味を重ねるという。「近くの市場で新鮮な食材が手に入るから……」と、旨さの理由を控えめに語るが、呑兵衛のハートを射ぬく技ありなのだ。
迷いに迷う場合は、4種の日本酒を選ぶ「おつまみプレート」をおすすめしたい。プレートには定番とは異なる5品が盛り付けられ、例えば秋の終わりのある日には、本マグロの角煮を噛みしめて旨味じゅわぁの幸せ満開。地元の呑兵衛が愛するニシンの切り込み(麹漬け)を豊盃の大吟醸酒粕で和えた一品は、本家の豊盃と合わせて桃源郷が生まれる。そのほか趣向を凝らしたナムルや枝豆、まろやかなタルタルソースをまとったエビとホタテのフライと、つまむたび、酒と合わせるたび、脳内に花吹雪が舞っていた。





地酒庵さとうが立ち飲みをはじめたのは、世代を超えてより多くの人に、日本酒をはじめとする酒の魅力を知ってほしいとの思いから。百聞は一杯にしかず。そう、酒は飲んでみなくちゃわからない。その点においてこのカウンターなら、酒量をこなせない方でも少しずつ極上の一杯を満喫できるし、飲食店ではなかなか出会えない銘柄を味わう喜びもある。
加えてこの店に限らず、地元で信頼されている酒販店は、酒蔵との縁結びの神であることを心にメモしていただきたい。昨今、全国的にあらたな銘酒が続々と登場しているが、いち早く報せが届くのが酒販店。いわば、最新情報の宝庫なのだ。初顔合わせの酒にフォーリンラブの場合、その場で購入できるのもポイントが高い。
地酒庵さとうへと向かう際、もし時間が許されるなら、近くに立つ夏祭りの展示施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」への訪問も、ぜひ併せてご検討あれ。巨大な灯籠の灯り、笛や太鼓の音、そして「ラッセラーラッセラ」という掛け声……。祭りの熱気を体感できる展示は、アルコールで心が潤っていれば旅情が倍々々増に。あるいはワ・ラッセ後にカウンターに立てば、その風情ある記憶が口福を彩る肴になることだろう。

文:山内史子 写真:松隈直樹