
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2025年秋号では、合羽橋で四代続く料理道具店を営む、「釜浅商店」店主・熊澤大介さんに、浅草のとっておきを案内してもらいました。
浅草寺の北側に位置する“観音裏”は、ここ十数年で個性的なレストランや酒場が次々と生まれ、変化する浅草をダイナミックに感じられるエリア。その観音裏にある「トリビアン」は、名店「バードランド」出身の店主・半田聡さんが13年前に開いた焼き鳥屋だ。

「家族でよく訪れるんですが、とくに息子がこの店の焼き鳥が大好きなんですよ。2年前に釜浅がパリでイベントをやった時も、半田さんは三社祭の時期にもかかわらず焼き鳥を焼きにパリまで駆けつけてくれてね。味はもちろん、人柄も最高です」(熊澤さん)

長いカウンターの中央には焼き台があり、手際よく串を焼いていく店主の仕事ぶりを眺めているだけでも酒が進んでしまう。鶏肉は山梨の甲斐路軍鶏と茨城の奥久慈しゃもをメインに使用。豊富な品書きから熊澤さんが欠かさず注文するのが、「どちらも他の店ではなかなか食べられない旨さ」と太鼓判を押す“きわ”と“赤身”だ。


肋骨周りの部位である“きわ”は胸肉ながら脂のりがよく、1串の中に筋肉質な部分や脂ののった部分も混在して、一口ごとに味わいが変化するのも楽しい。一方、ももの骨周りの“赤身”は、爽快な大根おろしの奥から肉の旨味が滲み出る。これを焼酎のソーダ割りと合わせるのが熊澤さんの定番だ。
開店直後から満席となるほどに人気の「トリビアン」だが、コースのほかにアラカルトでも注文できるのが嬉しいところ。「締めには親子丼がお薦めだけど、中華そばもまた旨いんですよ!」と熊澤さん。各地の名店を店主が自ら食べ歩いて研究したという中華そばは、鶏と水だけで引いただしに、丸みのある醤油の味と鶏の澄んだ脂が重なりあった上品な味わい。小ぶりな丼がまた、締めにちょうどいいサイズなのだ。
スープを飲み干して店内を見回せば、カウンターは思い思いに飲み食いしながら談笑する人々の満ち足りた表情にあふれていた。


アンティークショップや家具店勤務を経て、2004年より実家である料理道具店「釜浅商店」四代目店主に就任。リブランディングを成功させ、パリとニューヨークに支店を持つ。

文:宮内 健 写真:衛藤キヨコ