
dancyu食いしん坊倶楽部メンバーと立ち食い蕎麦の隠れた名店や実力店を巡っていく新企画がいよいよ始動!その記念すべき第1回は、高田馬場の「立ち喰いそばうどん 松石」。ただの蕎麦好きだった店主が自分の理想の蕎麦を求めて始めた店には、見たこともないようなお品書きが並んでいました。
学生街としても知られる高田馬場。昼夜問わず賑わう町ながら、意外にも立ち食い蕎麦屋が少ない。個人経営の店でいえば、長く愛された駅前の「吉田屋」が2022年7月末に閉店して以来ゼロという状況が続いていました。そんな中、2024年9月に開店したのが「立ち喰いそばうどん 松石」。オープン2年目を迎えたばかりの店ですが、立ち食い蕎麦好きのハートを早くも鷲掴みにしているのです。
「立ち食い蕎麦はつゆの美味しい店が好みです」という倶楽部メンバー「旅するお菓子やさん」と一緒に高田馬場までやってきました。
東京メトロ「高田馬場駅」5番出口、地上へ向かう階段の途中。駅に直結する雑居ビルの地下1階に、その「松石」はあります。紺色の暖簾をくぐると、目に飛び込んでくるのは壁に貼られた品書きと説明書きの数々。
じっくり眺めてみましょう。かけ蕎麦は醤油味と塩味のつゆが選べ、ざる蕎麦、冷やし蕎麦も揃えている。麺は田舎・粗挽き・黒・白の4種類に、きしめんとうどんも用意。天ぷらはかき揚げ、げそ天、紅生姜天などの定番はもちろん、日替わりの天ぷらも選べて、さらには肉そば、スタミナそば、カレーそば、納豆そば……と、いやはや選択肢があまりにも多い!
「見たところ、店員さん1人でそばをつくっていますよね。これだけのメニュー数を提供しているのが信じられない!」と、旅するお菓子やさんは券売機を前にたじろぎつつも、まずは一番人気だという肉玉そばを注文。
カウンターから素早く出てきた肉玉そばは、厚めにスライスされたたっぷりの豚バラ肉に、生卵、揚げ玉、ほうれん草、わかめ、ねぎが丼を覆い尽くすほどにのっている。具をかき分けながら箸を入れると、ようやく麺が見えてきました。
肉玉そばに合わせる麺は“粗挽き蕎麦”。ややざらっとした舌触りでむっちりした噛みごたえの二八蕎麦です。そこにに絡むかけつゆはちょっと甘さがあって、だしの香りが豊かに感じられます。「味も色も濃すぎず程よくて、肉の脂の旨味も加わって美味しい!」(旅するお菓子やさん)
「うちでは“松汁”って呼んでるんですけど、鰹節、鯖節、昆布、椎茸などでひいただしを、すべてのつゆのベースにしています。いま味わってもらった醤油系のつゆですが、実は鹿児島の甘口醤油だけを加えてつくったものなんです」と語るのは、店主の石田正徳さん。なんと「松石」のかけつゆには、かえしを使っていない!味醂や砂糖は一切使わずとも、甘味やコクのある醤油のみを使うからこそフレッシュな香ばしさが感じられるのが特徴。このつゆを味わうだけでも、ここに来る価値がある!のですが、まだまだ他にも食べたいメニューがたくさん!
続いて塩そばを注文。鶏肉と三つ葉だけがのったシンプルなルックスに惹かれます。「透き通ったつゆが美しい!だしの風味がダイレクトに感じられて、塩気はわりとしっかりあるけど丸みのある味ですね。喉越しのいい“白蕎麦”と相性抜群です」(旅するお菓子やさん)
「この塩そばのつゆは、さっきの“松汁”に1kg=5,000円する沖縄の塩を贅沢に使ってます。だしの澄んだ旨さを引き出すには、やっぱりこの塩じゃないと」(石田さん)
もともと都内や近郊の立ち食い蕎麦屋を食べ歩いていたという店主の石田正徳さんですが、「うまい店はあちこちにあるけれど、自分が好きっていう店は少なくて。だったら自分が食べたいそばをつくってみよう」と思い立ったのが、この店をはじめるきっかけなのだそう。
ただ蕎麦屋で働いた経験はなかったため、自己流で試行錯誤しながら辿り着いたのがこのつゆ。「蕎麦屋の基礎がないからこそ、それに囚われず、思いついたことを自由にやれるのかも。もちろん失敗も多いですけどね」と石田さんは、笑って話す。
リーズナブルな価格で提供してるのに、ちょっと原材料費かかりすぎじゃないですか?と、要らぬ心配をしてしまいそうになりますが。それも、石田さんが思い描く立ち食い蕎麦の理想像があってこそのもの。次回後編では、セオリーに囚われない驚きの蕎麦メニューをさらに紹介していきます。
文:宮内 健 写真:編集部