dancyu編集長の「ペルー」美味紀行
ペルーの人はなぜ「豚肉のチチャロン」を母の日、父の日に贈るのか?~dancyu編集長のペルー美味紀行~(3回目)

ペルーの人はなぜ「豚肉のチチャロン」を母の日、父の日に贈るのか?~dancyu編集長のペルー美味紀行~(3回目)

“チチャロン”という愛らしい響きとは裏腹に、ペルーの国民食「豚肉のチチャロン」は、豚バラ肉の塊を揚げた豪快な一品。dancyuでの取材をきっかけに、編集長・藤岡が常備菜にしていた肉料理でもあります。本場での食べ方は、想像以上にワイルドでした。

味付けは塩だけ。なのに香り高く存在感のある味わいに

dancyu編集長の藤岡です。
ペルーに行くのは今回が初めてでしたが、日本で日々つくっていたペルー料理がありました。それは、豚肉のチチャロン。豚バラの塊肉をゆでて、水分が蒸発したら豚の脂身から溶け出したラードで揚げ焼きにする、パワフルな肉料理です。調味料は塩だけとごくシンプルですが、揚げているせいか、とても香ばしく満足感のある味わいになります。

按田優子さんに教わった豚肉のチチャロン
後述する按田優子さんに教わった豚肉のチチャロン。豚バラ肉を塩湯でゆでて……。
揚げ焼き
湯が蒸発したらそのまま脂身から出る脂で豪快に揚げ焼きにする!
完成
豚肉のチチャロンの完成!ベーコンなどの加工肉のように、“肉のパーツ”として様々な料理に使えます。(以上、写真:衛藤キヨコ)

チチャロンは、東京・代々木上原の「按田餃子」店主であり、料理研究家の按田優子さんの著書『たすかる料理』で知ったのが最初でした。この本では、自分のペースで自由に自炊をすることが提案されており、按田さんがたびたび訪れたペルーの食の知恵も生かされています。保存が効くチチャロンを活用しながら、いい意味の“いい加減”な自炊生活を東京で飄々と送る按田さんに、まるでジャングルを生きるターザンのごとき頼もしさを感じ、「カッコイイイ!!」としびれたものでした。

dancyu2023年10月号、一生食べ続けたい「ひと皿」特集でも、按田さんにはペルーでの食の思い出を綴っていただきました。芋と豆に関する実にユニークな考察は、按田さんならでは!

按田優子さんがペルーで食べた芋と豆の記事
按田優子さんがペルーで食べた芋と豆の記事。後輩の担当ページだったのですが、按田さんに会いたすぎて、図々しく後輩に頼み込んで取材に同行させてもらいました!

さらに、dancyu2025年春号の「日本一の肉料理」特集では、按田優子さんに豚肉のチチャロンのつくり方とそのアレンジ方法を子細に教えてもらっています。このとき食べたチチャロン料理がまあ美味しかったので、私はすっかりチチャロンにハマりました。

按田さんに教わったチチャロン料理いろいろ
按田さんに教わったチチャロン料理いろいろ。こちらは豚肉のチチャロンとさつまいもを一緒に炊き込んだもの。塩味の豚肉とねっとりと甘いさつまいもがとてもよく合います。
パン・コン・チチャロン
豚肉のチチャロン、さつまいも、玉ねぎマリネをパンに挟んでサンドイッチ(パン・コン・チチャロン)にすると抜群です!
チチャロン
わが家では朝食のベーコンエッグのベーコン代わりにチチャロンを使うことが多いです。カリッと揚げ焼きしてあるので香ばしく、ベーコンよりもちゃんとした“肉料理感”があります。(以上、写真:衛藤キヨコ)

前置きがたいへん長くなりました!
そんなわけでチチャロンには思い入れがあり、ペルーで本場のチチャロンを食べられるのを私はとても楽しみにしていました。

さて、ペルーでガイドのミゲルさんに連れて行ってもらったのが、リマからナスカに向かう街道沿いにあるレストラン「EL PILOTO」。リマでは朝食にチチャロンを食べることが多いそうで、ここの朝食メニューのチチャロンサンド(パン・コン・チチャロン)が人気とのこと。

豚肉のチチャロンのサンドイッチ、パン・コン・チチャロン
豚肉のチチャロンのサンドイッチ、パン・コン・チチャロン。玉ねぎのマリネ(サルサ・クリオ―ジャ)と一緒に食べると爽やか。
地元で50年以上愛されるレストラン「EL PILOTO」。
地元で50年以上愛されるレストラン「EL PILOTO」。

豚肉のチチャロンは皮付きの豚バラ塊肉でつくることが多いと聞いていましたが、サンドイッチ用なせいか、この店ではいろいろな部位のスライス肉をラードで揚げていました。しっかりとした歯ごたえで肉肉しい!チチャロンには、ペルーのさつまいも・カモーテを添えるのが一般的です。按田さんはねっとりと柔らかく炊いた甘いさつまいもをチチャロンに添えていましたが、私がペルーで見かけたのは薄切りにしてカリカリに揚げたものばかりでした。正直、私はねっとりとした按田式のさつまいもが好みですが、薬味の玉ねぎマリネ(サルサ・クリオ―ジャ)をたっぷり入れて食べると、カリカリ食感もいいアクセントになり、オツでした。

ガイドのミゲルさんは、「日本では母の日にカーネーションを贈りますが、ペルーでは、父の日、母の日に両親にチチャロンをプレゼントするんですよ」と教えてくれました。「どうしてチチャロンなんですか?」と聞くと、「おいしいから」。この上なくストレートな理由ですね!

ペルーでは2025年9月に、毎年9月の第2日曜日は「チチャロンの日」と制定されました。日曜日の朝食に家族でチチャロンを食べる習慣があるからだそうです。チチャロンは庶民的なローカルフードではありますが、値段もそこそこしますし、実はちょっとしたご馳走。特別な日に家族みんなで分け合える、食べごたえのあるちょっといい料理、それがチチャロン。家族の幸せを象徴するハッピーな一皿なのでした。

サンドイッチ
サンドイッチ用だからでしょうか、「EL PILOTO」では塊肉ではなく、スライスした豚肉を揚げていました。
ペルーのさつまいも、カモーテ
ペルーのさつまいも、カモーテも薄切りにして揚げます。
チチャロン
パンの上にカモーテをのせて、豚肉はたっぷり160gをオン!上からパンをかぶせて、ぎゅっと手で押さえたら完成。

以下、ペルー各地で私が食べたチチャロンです。地域によって少しずつ違うものの、芋やとうもろこしなど、炭水化物と一緒に食べるのは共通。

ペルー第2の都市アレキパのチチャロンサンド
ペルー第2の都市アレキパのチチャロンサンドは、TRES PUNTAS(トレ プンタス)という三角形のパンに挟むのが特徴だそうです。サン・カミーロ市場内にあるチチャロン専門店(チチャロネリア)にて。
皮付き豚バラ肉
左のチチャロンサンドの店では、ごろんと豪快に揚げた皮付き豚バラ肉を使用。
チチャロン専門店
アレキパのサン・カミーロ市場には、こんなスタイルのチチャロン専門店が何軒もありました。
マチュピチュで有名なペルー北部・クスコのチチャロン
マチュピチュで有名なペルー北部・クスコのチチャロン。皮付き豚肉が丸ごとごろり。切らずにこのままガジガジと齧ります。クスコではさつまいもではなくジャイアントコーンを添えるのが一般的だそうです。じゃがいもも入っていました。玉ねぎマリネではなくミントサラダが添えられ、コリアンダードレッシングがついていました。
皮付き豚バラ肉をフライ中
皮付き豚バラ肉をフライ中。標高の高いクスコではチチャロンを夜に食べると胃もたれするので、日が高いうちに食べるそうです。
チチャロン専門店
クスコの市街地にあるPampa de castillo通りにはこの「CHICHARONERIA LA ESTACION」をはじめ、チチャロン専門店が密集。クスコ市周辺ではサイリャ、ポロイもチチャロンで有名な地域だそうです。店舗写真:田中美幸
魚のチチャロン
【おまけ】これは豚肉ではなく、魚のチチャロン。小麦粉の衣をつけて揚げてあり、言わば魚のフライです。按田優子さんによると、チチャロンとは料理名ではなく、焼くなり揚げるなりして水分を抜き、日持ちをよくする……というニュアンスの調理法なのだとか。だから、豚肉が一般的ではあるものの、魚のチチャロンや、野菜のチチャロンも存在するのです。リマの「Cebicheria Bolichera 2335」にて。

文・写真:編集部