ナチュラルワイン愛のある注ぎ手名鑑
【上野でナチュラルワイン】伝統的なクラシックワインと、自由なナチュラルワインの二刀流。両方の魅力を、ジャジーな空間で軽やかに伝えたい。/『coucou!』近藤啓介さん

【上野でナチュラルワイン】伝統的なクラシックワインと、自由なナチュラルワインの二刀流。両方の魅力を、ジャジーな空間で軽やかに伝えたい。/『coucou!』近藤啓介さん

食いしん坊倶楽部のLINEオープンチャット「ナチュラルワイン部」では、今後、メンバーから寄せられた「ナチュラルワイン愛のある注ぎ手」を徹底取材してお届け。第5回は、上野駅からほど近い商店街でワインを注ぐ『cocucou!』(ククゥー)』の近藤啓介さんです。

生粋のフランス料理店から軽やかなワインバーへ

外観

上野駅から徒歩5分。間口一間の「ククゥー」は、ともすれば通り過ぎてしまいそうにさりげないワインバーだ。けれど、扉を開ければ一転。軽快なジャズが弾けるように響いて、途端にテンションが上がる。カウンターの向こうに立つオーナーソムリエ近藤啓介さんの格好も、Tシャツにエプロン姿とラフでノリも軽やかだ。開店は2024年。不忍池近くで「コーダリー」という名のフランス料理店を長年営んだ近藤さんが「いつか1人で店をやりたい」との念願を叶えた店である。
扱うのはナチュラルワイン縛りではない。ソムリエになって四半世紀。以前から、伝統を重んじるクラシックワイン、自然な造りのナチュラルワインを分け隔てなく愛飲してきた近藤さんらしく、両タイプが混ざり合う。スーツ姿でサービスをしていたフランス料理店時代はクラシックなワインがメインだったけれど、今の店ではナチュラルなワインが7割を占めている。
「ナチュラルワインは伝統の型にとらわれない分、複雑だし、系統立てて味わいを理解するのは難しい。でも、だからこそおもしろい。クラシック好きなお客さんも含めて、計り知れないほど面白いワインを飲んでほしいんですよね」

窓
目立つ看板はなく、窓ガラスに書かれた小さな店名が目印に。平日は15時、週末は13時からオープンで昼飲みできる。

クラシックなワイン視点でナチュラルワインを語る

近藤さん

フランスに憧れて、パリにちょっと住んでみたりもして、その流れでワインに魅かれた近藤さん。若かりし頃、都内の名フランス料理店で働いていた時代に「ロマネ・コンティにラ・タ―シュに。上等なクラシックワインをだいぶ試飲させてもらいましたっけ」と、宝のような経験を積んできた。つまり舌のベースはクラシック。それだから近藤さんのワイン話はだいたいにおいてクラシックなワインになぞらえられ、興味深い。たとえばフランスはロワール地方の造り手、アレクサンドル・バンの場合はこうだ。
「ロワールのサンセールやプイィ・フュメは、ソーヴィニヨン・ブランの銘醸地です。王道の味わいは火打ち石を思わせるミネラルや、青いハーブの香り。だから、その産地で造るアレクサンドル・バンのワインは衝撃的でしたね。蜜っぽさやふくよかさがあって、王道にはない味わいだったんですから」

店内の棚の上に並ぶ空き瓶
店内の棚の上に並ぶ空き瓶。カラフルな「A」が映えるエチケットがアレクサンドル・バン。今をときめく造り手だ。

今のイチオシはミネラルの塊!

ワイン
ヤロスラブ・オセチカ「シャルドネ」

最近のイチオシだと注いでくれたチェコ産の1本も、クラシックに寄せて語る近藤さん。ヤロスラブ・オセチカというチェコにおけるナチュラルワイン造りの先駆者が醸したシャルドネで、「一口飲んだ瞬間、ミネラルの塊!まるでコルトン・シャルルマーニュじゃん?!って感激して。無意識のうちにクラシックなワインになぞらえて味わってましたね」と振り返る。

ブルゴーニュのコルトン・シャルルマーニュといえば、鉱物を思わせるほどの高貴なミネラル感溢れる名ワインである。「僕がワインを飲み始めた頃は、コルトン・シャルルマーニュは『10年寝かせてから飲め』と教わりました。そういう名ワインの味と重なるわけだから、ヤロスラブ・オセチカも数年寝かせたらすごいことになるかも……。なんて期待できる感じもすごくおもしろいです」

四半世紀飲み続けてきた愛すべき1本

ワイン
ドメーヌ・ギュイモ・ミッシェル「ヴィレ・クレッセ カンテーヌ2017」

新しい発見に心躍らせながらも、ブルゴーニュ好きの近藤さんが変わらず飲み続けている1本がある。ブルゴーニュ南部のマコンで、いち早くビオディナミへと転換した造り手、ドメーヌ・ギュイモ・ミッシェルの白ワインだ。
「シャルドネなんですが、すごくリッチでふくよかで、それでいて酸もしっかりあって。
初めて飲んだときに『これは何なんだ!』と驚きましたね。ナチュラルだとかクラシックだとか関係なく素晴らしいワイン。この先も毎年味わいたい1本です」

ジャンルレスなつまみにぴったりのワインを合わせて

ワイン

もちろんワインだけじゃない。近藤さんのつくるつまみもまた魅力的だ。「料理人じゃないですけどね、僕」といいつつも、レストラン時代にシェフの手伝いをしていたという近藤さんの料理の味はプロの域。盛りつけも麗しい。蟹の身をたっぷりと詰めたトマトのファルシなんて、まさにレストランで出てきそうな恭しい装いで、味も上品極まりない。合わせるなら?
「これ、おもしろいですよ」。そういって注いでくれたのは、セバスチャン・フェザスの「パルティ・フィーヌ」。アルマニャックなどの原料にもなるコロンバールという品種100%で造られた、確かにちょっとおもしろいワインだ。味の芯に旨味があり柑橘っぽい香りでばっちり合う。

フランス料理っぽい料理のほかに、ミモレットをたっぷりのせたバンバンジーや羊とクミンの春巻きなどジャンルレスなつまみもあり、ひと品ごとにワインを合わせたくなってしまう。

アテ
フランス料理店時代のメニューを引き継いだスペシャリテ、カニを詰めたトマトファルシ1,000円。バジルソースで味わう香り高いつまみだ。
ワイン
フランスはガスコーニュ地方の造り手、セバスチャン・フェザスの「パルティ・フィーヌ」。「補助品種のコロンバール100%で造った柑橘っぽさある味わい。トマトのファルシにぴったりです」と近藤さん。
アテ
バンバンジーミモレット1,000円。おかひじきにいんげん、アクセントのラッキョウとピーナッツソースで味わう鶏むね肉。食感も香りも味わいも複雑で、ジュラのワインに最高!
近藤さん
「料理人が『お客さんからおいしいって言われると嬉しい』ってよく言うけれど、すごくわかる。めっちゃ嬉しいですね」と近藤さん。調理中の姿も楽しげだ。

カジュアルなのにムードがある

店内

ナチュラルとクラシックのあいだに境界線を引かず、つまみもジャンルレスな近藤さんの精神はどこまでも自由だ。
「自分が好きな空間で、好きな音楽を流して、自分が美味しいと感じたワインを出す。ワンオペ営業で毎日クタクタですけど、人生で今が一番楽しいですよ」。そういって、ちょっと羨ましくなるくらい心底嬉しそうに笑った。
ちなみに「ククゥー(coucou!)」は、フランス語で「やあ!」と軽やかに交わす挨拶なのだそう。その響きのとおり、気軽なのにカジュアルすぎずムードがある。だから、ちょっと1杯のつもりがほろ酔い気分になるまで飲みたくなってしまうのだ。

店舗情報店舗情報

coucou!
  • 【住所】東京都台東区東上野3‐25‐2
  • 【電話番号】03‐6284‐2699
  • 【営業時間】15:00~23:00、土曜・日曜・祝日13:00~22:00
  • 【定休日】月曜+不定休
  • 【アクセス】JRほか「上野駅」、東京メトロ「稲荷町」より各5分

文:安井洋子 撮影:長野陽一

安井 洋子

安井 洋子

九十九里生まれ。東京に住んでみたけれど、海が恋しくなって葉山に移住。雑誌やウェブに食まわりの記事を執筆する。息抜きは、ナチュラルワイン好きの聖地・鎌倉でのひとり飲み。