東京町焼肉最前線!
【創業60年の老舗焼肉店から継承!】九州タレと和牛、進化するホルモン。中野に根ざして5年目の「ホルモン人生タロちゃん」

【創業60年の老舗焼肉店から継承!】九州タレと和牛、進化するホルモン。中野に根ざして5年目の「ホルモン人生タロちゃん」

進化する東京の町焼肉。人気焼肉店が集中する中央線、なかでも酒場がひしめき合う中野駅北口から歩いてすぐ。今回ご紹介するのは、質のいい正肉に、内臓肉も豊富な「ホルモン人生タロちゃん」です。

老舗の味を継ぎ、地元に根付く町焼肉!

この店が今年で5年目に差し掛かると聞いて少し驚いた。その間にも旧友とカウンターで肉をつついたり、貸切会で精肉店の店主や肉焼きシェフとロースターを囲ませてもらったりもしたが、まだまだ「新しい店」という印象が強かった。中野の北口には古びた店が多いせいかもしれない。

もっとも最初からただの新店ではなかった。タレも九州・南小倉で60年以上続いた「食道苑」のレシピを引き継ぎ、正肉も但馬牛や神戸ビーフの名牧場から仕入れていた。

ホルモンはヤン(ハチノス(牛の第2胃)とセンマイ(第3胃)のつなぎ部分)やウルテ(気管の軟骨部分)、アカセン(第4胃の関西名称。関東ではギアラとも言う)などもメニューにあって、まるで鶴橋の焼肉店のような品書きだった。

いい正肉にいいタレがかかっていて、内臓肉の種類も豊富。でも「ホルモン人生タロちゃん」は少し悩ましい店だった。気にかかっていたのは、当時のメニューに生っぽい仕立てのメニューが書かれていたこと。肉の生食には様々なハードルがある。僕は行きつけの店でも、基本的には「生肉かも」と思うメニューは注文しない。

ところが少し足を運ばない間に、「タロちゃん」は「生」から卒業して、その先へと歩を進めていた。例えば以前あった「いろいろ生ホルモン」はこんな形に進化していた。

ホルモン

「いろいろ冷製ホルモン(※加熱調理済みホルモン)」(1,848円)。これは嬉しい!正直に言うと、いい肉は「刺し」で食べるより、火を入れたほうが旨いと思う。

以前、とある機会に屠畜直後のハツを試食したことがある。この上なく鮮度の高いハツは生食だと、実は味も香りも弱い。ところが加熱すると、弾むような食感と赤い内臓肉特有の香りが引き出される。

新鮮な内臓肉はだいたいそうで、ローストやグリル、湯引きなどの加熱工程を経ることで、心地いい食感と香りが膨らむ。

同様にこの「いろいろ冷製ホルモン」もひと噛み、ふた噛みしたあたりで、タレの向こう側からホルモン特有のクリーミーな香りが立ち上る。九州の甘やかな醤油をベースにした特製九州醤油ダレが、噛み込むうちにホルモンから奥深さを引き出す。もう一種の韓国味噌ダレは、豊かなコクとキレの良さでひと噛み目からホルモンの味わいを爆発させる。

新メニューの「コブクロたたき」の仕事にも惹き込まれる。湯引きしたコブクロには心地いい食感が生まれ、コクのある味わいが広がる。伏見さんの細やかな包丁仕事がプリコリッとした食感を歯切れよく仕上げ、コブクロ用に新たに考案された生姜ダレと絡み合った香ばしさが鼻へと抜けてくる。

ホルモン

オーナーの田辺晋太郎さんは「おいしいコブクロを提供したい」と内臓料理の充実した東上野のコリアンタウンを食べ歩き、調理とタレのヒントを拾い集めた。調理を取り仕切る伏見鼓太郎さんとやり取りをしながら、九州の甘やかな醤油をベースに生姜にニンニク、青唐辛子などを加えた、コクと清涼感とパンチのあるタレを作り上げた。

「食道苑のタレにも使われている九州の甘口醤油は、うちにとってはベースとなる味わい。タレのバリエーションもそのときどきで変わるので、タレやソースがいくつあるかはわかりませんけど(笑)」(田辺さん)

例えばハンバーグのソースもそうだ。とあるレジェンド焼肉店の並ハラミに「この郷愁感がいい」と刺激され、味付けを焼肉のタレとトマトケチャップに置き換え「神戸ビーフ100%タロちゃんバーグ」(2,750円)のソースへと応用した。

ハンバーグ
ハンバーグ
ハンバーグ
ハンバーグ

「懐かしさもありながらノスタルジーにとどまらない美味しさ、それに見た目の美しさも追求したい」という田辺さんのアイデアを深堀りして皿の上で形にするのが伏見さんだ。

神戸ビーフ100%のハンバーグは通常1%程度の塩分で練り上げるが、そうするとタンパク質が変性してしまう。肉の味わいを活かすために肉の0.1%の塩で練り上げる。

ハンバーグ
ハンバーグ
ハンバーグ

伏見さんは、焼肉店に欠かせない白飯にも並々ならぬ情熱を注ぐ。

「米は新潟のコシヒカリ。研ぎは表面を傷つけないよう、優しく表面の汚れを拭き上げるように洗い、浸漬させたらザルに上げ、キンキンに冷やした同量の水を加えて羽釜で炊き上げます。沸騰まで5分程度はかけないと甘み、うまみが十分に引き出せなかったり、炊けムラができたりするので必ず冷水を使い、量に応じて水加減と火力も調整します」(伏見さん)

伏見鼓太郎さん
調理を担当する伏見鼓太郎さん。

近年は和食店でもここまで炊飯に情熱を注ぐ店は少ない。しかも伏見さんは万事この調子で、肉以外のメニューにも手を抜かない。「最近、YouTubeで紹介されたレバニラが人気になってしまって……。焼肉店なのに、口開けでいきなりレバニラと白飯の注文が入ったりもします」と苦笑する。

見栄えよく、味わい深い盛り合わせに懐深いメニュー。この店に漂う懐かしさは単なる郷愁ではない。古き良き味わいを大切にしながらも、焼肉というごちそうを前へと推し進める愛情がある。

その象徴が1人前から注文できる看板メニューの「タロちゃん盛り」(3,630円)だ。但馬牛が塩・タレ各2部位の4種類、それに味噌ダレでもみ込まれた5~6種類の味噌ホルモンがつく。一人客が約10種を1枚ずつ食べられる仕立てで、味噌ホルモン用のつけダレとして青唐辛子酢も添えられる。

肉
この日の正肉は右上から時計回りにシンシン、ウワミスジ(以上塩)、ミスジ、トモサンカク(タレ)。タレ肉込みでこの盛り込みの美しさ。ホルモンはハツ、ヤン、極トロホルモン、ウルテ、てっちゃん、アカセンなど。
肉

店は5年目に差し掛かり、「1日1回転しかしない日はほぼなくなった」(田辺さん)。当初は他の町からの遠征客が多かったが「いまは8割、9割が地元のお客さま」(伏見さん)と客層はより地域密着型になった。積み上げた日常がメニューに、そして味に反映されている。

郷愁を忘れず、流行りも捨てず、おいしい肉を仕入れ、調理はよく見聞きしてわかり、いつも静かに笑っている。カウンターのグラスが空になれば行って追加の注文を聞いてやり、テーブルの網が焦げていれば行って「交換しましょうか」と言い、予約が先になりすぎることもなく、同行者の笑顔が絶えず……。

こういう店に私は行きたい。

レモンサワー
ジンにグリーンカルダモンを漬けてソーダで割った、「カルダモン翠ジンレモンソーダ」(550円)などオリジナルのフレーバーカクテルも。

店舗情報店舗情報

ホルモン人生タロちゃん
  • 【住所】東京都中野区中野5‐35‐8
  • 【電話番号】03‐6454‐0729
  • 【営業時間】16:00~23:00(L.O.)
  • 【定休日】年末年始
  • 【アクセス】JR「中野駅」より2分

文・写真:松浦達也

松浦 達也

松浦 達也 (ライター/編集者)

東京都武蔵野市生まれ。家庭の食卓から外食の厨房、生産の現場まで「食」のまわりのあらゆる場所を徘徊する。食べる、つくるに加えて徹底的に調べるのが得意技。著書に『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)、『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(共にマガジンハウス)ほか、共著に『東京最高のレストラン』(ぴあ)なども。主な興味、関心の先は「大衆食文化」「調理の仕組みと科学」など。そのほか、最近では「生産者と消費者の分断」「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター。

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