
進化する東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、人気焼肉店が集中する中央線・荻窪駅から徒歩1分ちょっと。家族、友人、仕事仲間、誰と来ても楽しい「荻窪焼肉 さく」です。
いまや東京では少なくなったが、荻窪駅の北口には戦後の闇市に端を発する商店街エリアが残っている。情緒をまとった歩道を新宿方面に向かい、3本目の路地を曲がるとこの店の軒が現れる。紫紺ののれんの向こうからは温かい灯りと、仲間や家族とのにぎわいが漏れてくる。
「デートの方から会社の飲み会まで幅広く使っていただいています。もちろんお子さんもOKです。修業先もそうでしたから」と店主の戸部州作さんは穏やかに微笑んだ。戸部さんは国分寺に本店を置く「焼肉山水」で16年間、修業を積んだ。本連載にも登場した高円寺の「焼肉ここち」木村舜徹さんは修業時代の後輩にあたる。
「同じ荻窪の『ホルモン コウ』の徳山くんとも飲みに行ったり、食べに来てくれたり。世代では僕一人ちょっと年が上ですけど、みんな仲いいですよ」
若手世代の店主が、メニューや経営についても話し合っているのは、本連載の読者ならご承知の通り。
開店にあたり、戸部さんは幅広い客に楽しんでもらおうと、選びやすい「盛り合わせ」を手厚くした。「とにかくいい肉!」の極盛り、タンのカットや部位のバリエーションを揃えた舌盛り、上カルビなど正肉5種の赤盛り、お薦めホルモン5種の白盛りだ。
「極盛り、舌盛り、赤盛りは“お決まり”となりますが、白盛りはリクエストがなければお薦めを出しますし、リクエストも歓迎です。白盛りに限り、5種類すべてを指定していただいてもいいですよ」とはなんとうれしい心意気!
「僕もコロナ禍で開店したときに、レバーをいいところだけとか、500グラムという少量だけとかわがままを言ったのに、仕入先の方に良くしてもらいましたから」
では、われわれもわがままを言わせていただくべく、本日の注文を!
まず提供されたのはタン盛り。九条ネギのせネギ(550円)を早くも追加済み。
まずは厚切りタン塩を両面じっくり焼く。
両面焼いたら、一度皿に取って寝かせる。その間に薄切りタンをロースターへ!焼き目をつけ、一度返したら、のせネギをたっぷり乗せて、まずは本日の一口目をいただきます!
ザクッとしたタンの繊維の食感の内側から、九条ネギのシャクシャクした青い辛味が立ち上る。オーストラリア牛のタンを噛みしだくと、染み出した上品な脂が柔らかな辛味と実によく合う。薄切りタンの美しい味にうっとりしながら、厚切りタンをロースターに戻して仕上げていく。
舌盛りから最後のタン先にはのせネギの残りを投入し、ざっと混ぜてロースターに流し込む。軽く焼き目がつくまで待っては返し、焼き目をつけては返す。茶色が旨いのは肉だけじゃない。ネギだって焦がしてほしいときもある!
ネギの香ばしさも伴ったタン先は噛み込むと肉の味が深くなる。咀嚼しながら次なるアイテムを仕込む。
石焼ガリラ(ガーリックライス)だ。灼けた石鍋の縁からスプーンを突っ込んで、そこからおこげを混ぜ返しながら、内側にあったライスを石鍋の壁に押し付けていく。
ああ、焼肉仕事はなんて楽しいんだろう。
タン先を食べきったところで、のせネギの焦げがついた網を交換してもらう。なぜなら次に焼くのはきっちり肉に焼き目をつけたいこの肉だからだ。
おっと、いけない。これでは広島県産の赤紫蘇を自家蒸留したスピリッツを使用した、うめしそフレーバーの「紫蘇ダルマ」サワーの紹介カットになってしまう。ちなみにその他サワー類も、すべて広島のダルマ焼酎(サクラオブルワリーアンドディスティラリー)を使用。念のため、肉塊の左後ろはフライドガーリックで、その後ろはロースターで温めるバターソースだ。
ではあらためて肉塊。
『さくステーキ』は焼きごたえがある。極厚の赤身肉を焼き上げたらハサミで一口大に切って、傍らで温めたガリバタソースをつけて食べる。まずは両面に深い焼き目がつくまで焼きつけたら、一度皿に取って休ませる。これを何度か繰り返す。
早く焼き上げたいなら、トングをゲタ代わりにして休ませてもいい。一度上下を返すが、ここではガス火の直上ではなく、中央部分でやわらかく加熱しながら芯まで熱を届かせたい。加えて、網上に置いたトングが熱くなるので、触るときにはおしぼり必須。食べる肉も大切だし、焼き手の手の皮も大切だ。
そしてこの頃にはバターソースの小鍋を火にかけておくのをお忘れなく。フライドガーリックは小鍋に入れるもよし、最後にかけるもまたよし、だ。好みの加減に焼き上げたらハサミでカットして、バターソースへと一瞬くぐらせる。
あとはフライドガーリックとともにガーリックライスの上へ。この時点でダブルガーリック体制となる。
さらににんにくスープも合わせれば、この夏を乗り切るトリプルガーリックコンボの完成だ。
これだけ食べているのに、にんにくのせいか夏バテなど無縁かのようにお腹が空いてくる。後半の山場となる白盛りは、上ミノ、シマチョウ、センマイ、ハチノス、コリコリという、文字通り白系の内臓肉でキメた。
それにしても超厚切りから厚切り、薄切り、内臓肉まで、それぞれに焼きやすく、食べやすいカットが実に印象的だ。そこには修業先の『焼肉山水』の教えが根ざしているという。
「焼肉として出す一皿の完成度はもちろん、肉一枚一枚の食べ応え、焼かれて口に運ばれるところまで食べる場面をイメージし、部位ごとに厚み、判の大きさを意識してカットするように徹底的に教え込まれました」
だからなのか。「さく」の焼肉は口に運んで旨く、噛み込んで滋味深く、胃に落ちてなお味わい深い。
白盛りの前のトリプルガーリックの効果か、いまだ自分の胃袋が火照っている。鎮めるために「汁なしゴマ冷麺」をすする。ふつふつと活性化した身体から、汗だけがすっと引いていく。心身ともに120%のチャージ完了だ。
文・写真:松浦達也