
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、愛知で人気を集める焼肉店の東京初出店──2025年10月にオープンしたばかりの「焼肉フジサン 高田馬場・古民家店」です。
「近所にほしい」。そう思える、普段遣いの焼肉店には気安くあってほしい。でも噛みしめると味が膨らむようなおいしい肉も食べたいし、勢いよくジャーッと焼いて気分が高揚したら、なお最高だ。ついそんな図々しいことを考えてしまう。
今月、近所に新しい焼肉店ができた。覗いてみたら、お手頃ながら生タンは美しく整えられ、和牛のロースは肉味濃く、国産ハラミには心地いい食感が潜んでいる。いずれも1,000円台とは思えないほど肉質がいい。
例えば、生タン塩1,480円はため息が出そうなこの美しさ。すじを引いたタン元の形のいい部分だけを切り出す。一度も冷凍しないチルドだから、味わい深く、口当たりもいい。

黒毛和牛のフジサンロース1,980円は、名牧場として知られる広島のなかやま牧場から。見た目麗しく、肉味濃厚でサシも香る。堂々の風格だ。

そして国産牛のフジサンハラミ1,780円はほどよい脂が乗り、肉の繊維の味わいも深い。きっちり焼き上げればザクッと、ミディアムレアに焼き上げても滑らかな舌触りと、プツンとした歯切れが心地いい。

見た目も味も美しい良肉3本柱だが、この店、肉好き(&酒好き)には嬉しいポイントが随所に散りばめられている。ある日の注文を例にこの店を満喫する組み立てを見ていこう。
焼肉と言えばビールがつきもの。ハイボールやマッコリも捨てがたいが、この店、飲み物については完全に割り切っている。卓につくと氷の入ったアイスペールが置かれる。

スタッフに飲み物を注文すると、冷蔵庫から取り出した瓶ビールや缶入りの焼酎割りやハイボール、マッコリがそのまま卓に届く。個人的には、大手4社のビールがすべて揃っているのがうれしい。

「実はうちは肉卸直営なんです。愛知県で肉卸をやっていて、いい肉が安定して手に入る。肉に全振りしているのでドリンクに関するサービスは提供のみの最小限とさせていただいています」(店長の石川智央さん)
一言で言って最高!日常使いではそういう選択肢もあっていいし、飲料メーカーのRTD(レディ・トゥ・ドリンク)アルコール飲料は十分おいしい。味や濃さがブレないという面では望ましいことすらある。もちろん値の張る店で、いい酒で高級な肉を飲むのもいい。でも、ハレばかりではハレを存分に味わうことはできない。ケがあってこそのハレである。
さて焼肉の連載としては、ここから本編となる。
最初の注文は生タン塩から。香ばしくも滑らかな口当たりを楽しみつつ、限定の売り切り「タン切り落とし」も注文したい。こちらはあまりいい形で取れなかったタン元や、すじのあるタン下近くの切り落としを集めたもの。口当たりの滑らかさで及ばないが、噛み込むと後から味が伸びてくる。
タン塩には定番のレモン、切り落としには大根おろしで、切れ味よくスタートしたい。
忘れちゃならないサイドメニューも押さえておこう。ときどきつまめるカクテキやナムル、そして肉の合間に口をさっぱりさせてくれる、キャベツや冷やしトマトなどを手元に備えておきたい。精妙な加減に火を通された、ねぎたっぷりのコブクロたたきは前菜だけでなく、口直しにもうってつけ。
こんなサイドメニューを携えて、いざタレ焼肉へとなだれ込んでいく。そしてこの店には先のおすすめ良肉3種類のほかに、もうひとつシグネチャーがある。
「ごちゃ焼き」だ。

タンすじやカルビ、ハツ、ホルモンなど不揃いの切り落としを野菜とタレで軽くもみ、ロースターで焼き込む仕立てだ。
昨今の焼肉店では肉を丁寧に焼く人が増えてきた。僕自身もいい肉をていねいに焼くのは好きだ。しかし焼肉の醍醐味はそれだけではない。ちょっぴり雑でもいいからジャアァッという音を立てて、肉も野菜もまとめてじゅうじゅう焼き込んでいく。多少焦げたって構わない。そういう楽しみだってある。

この仕立てなら焦げそうになったら、肉を野菜の上に逃がせばいいし、なんならシャクシャクと肉を野菜と一緒に食べるのもいい。忘れかけていた郷愁が蘇ったり、なんなら新しい味にも巡り合うことができる。

こういうメニューには白飯が似合う。あわてて白飯とそれに合わせてロース、ニラ玉子(湯がいたニラを特製タレで和えて、卵黄を添えたトッピング)も発注する。

しかし時すでに遅し。空腹に任せてごちゃ焼きをバクバク食べてしまったので、今回はごちゃ焼きにライスは間に合わず。もっともライスにとっての本命は次なるロースだ。このロースを両面さっと焼いたら、このニラ玉子を巻き込んでライスとともにかっこむ。

この手のメニューとしては気持ち厚めにスライスされたロースは単体でも旨いが、ニラ玉子とライスと組み合わせると、食欲を別次元へと連れて行ってくれる。腹は満たされるのに、ますますお腹が空いてしまう気がする。
このロースは単体でも食べてもいいし、飯とともにかっこめば、なお旨い。その他のトッピング――ガーリックチップや特製辛味噌、わさびなど豊富に用意されたトッピングも組み合わせると無限の味が組み立てられる。膨らみきった煩悩の下、あっという間に白飯は消え失せてしまった。
気を落ち着かせるためにみんな大好き、ハラミを投入してもらう。国産牛というのが実に心憎い。和牛のハラミは確かに旨い。でも素性のいい国産牛のハラミも、肉の繊維の味わい深さは負けていない。
ロースターで深めに焼きを入れればザクッという食感が生まれ、咀嚼とともに味を膨らませる楽しさが倍加する。このカットなら、和牛のハラミではサシが強く感じられがちなミディアムレアだっておいしくなる。

そこそこ腹は膨れているが、やっぱり〆を頼まないと締まらない。先日食べた冷麺880円でさっぱり……もいいが、どうしても気になるあの〆を注文したい。「必ず焼いてください」という注釈付きの「レア焼きユッケご飯」1,980円だ。
最初にユッケを軽く炒めたら、手前の卵黄とご飯を崩しながら、奥の肉と混ぜていく。添えられたガーリックチップはお好みで。好みの加減まで肉を焼いていたら、どうにもがまんができなくなり、結果、仕上がりを撮りそびれてしまう体たらく。申し訳ございませんが、仕上がりはご自身でご確認くださいませ。

昼飯を抜いた日の早い夕食には「みそ汁」300円をつけたり、仕事終わりの遅い晩酌には缶チューハイで疲れを癒やしたり。4社のビールが揃っているから、業務関連のどんな人と来ても困った顔をされずに済みそうなのもいいところ。願わくば遅い時間なら当日でも駆け込めるくらいにご繁盛されることを、心よりお祈り申し上げます。
ああ、近所でよかった。

文・写真:松浦達也