
進化を続ける東京の町焼肉。ご紹介するのは、韓国生まれ韓国育ち、元エンジニアという異色のキャリアの店主が腕をふるう、日本橋小伝馬町の「炭焼ホルモンえいた」です。
日本橋界隈で大衆焼肉を探すのは難しい。すき焼きの名店ならそこかしこにあるし、焼肉でも高級店や会員制の店はある。ただ気安く訪れられる個人店となると結構難しい。ところが小伝馬町にこのところ、友人間でぐんぐん評価が上がっている焼肉店がある。
肉は注文ごとに切り出す。見た目や食感を大切にするからトリミングも大胆に行なう。大振りな端切れでも、煮込みに回されることも多い。他の焼肉店では見かけぬ部位を焼肉というフィールドに引き込む。通えば通うほど差し出される肉やカットのバリエーションが増え、未知なる味わいが膨らんでいく。

が、この「炭焼ホルモンえいた」の店主、2017年の開業当初は素人同然だったという。店主の林 泰進(イム・テジン)さんは韓国生まれの韓国育ち。当時エンジニアとして勤めていた韓国の会社で日本人エンジニアと仲良くなり、「なんか日本行こうかなって感じで会社をやめた。日本語も喋れないのに(笑)」という程度の軽い理由で2008年に日本へやってきた。

来日後は生活費を稼ぐため、いくつものアルバイトを掛け持ちした。五反田の焼肉店での皿洗いで、なんとなく焼肉への好感を抱いた。昼も夜もなく仕事を転々とするなか、飲食店開業への憧れは膨らんでいく。いくつか働いた韓国料理店では料理の作り方も教わった。コツコツと資金を貯め、2017年に開業はできた。だが当初は焼肉の技術は伴っていなかった。

「開業当初は焼肉店というより、焼肉酒場って感じでした。タレは本に載っていたレシピを元に試作と味見と調整を繰り返し、キムチは韓国料理店のおばちゃんから教わったもの。後はYouTubeや常連のお客さんからのアドバイスでメニューを作っていた。焼きは常連さんの肉を『焼いてあげますよ』と言いながら、実は練習させてもらっていました(笑)」
軒を掲げれば、後は走るだけだ。「いい焼肉がある」と聞けば勉強に訪れた。自分なりに咀嚼してチューニング、を繰り返し、常連に出してはフィードバックをもらう。もともと韓国に日式の焼肉はない。林さんも「向こうではサムギョプサルばっかり食べてた」から、美味しいと思える焼肉ならなんでも受け入れられた。
そうして妻の郷里の香川県で出会った香川県のブランド牛の「オリーブ牛」に惚れ込み、精肉店に直談判。めでたくおろしてもらえることになり、現在は赤身のミスジやクリ、トウガラシなど上身とコプチャンやシマチョウはオリーブ牛。ヒレやイチボなどの下半身は仕入れで動く(この日はヤザワミートの矢澤牛)。その他、レバーは芝浦、タンはUS、ミノはパナマなどかなり細かく注文先を切り分けている。

そうしてできあがったのが「2名カウンター席専用 店長おまかせコース」だ。初見には初見なり、常連には好みの肉やカット厚、焼き加減などを踏まえながら、メニューにない肉なども提供される。価格は8,800円からだが、すべては肉や飲み物次第。そこで今日は「いつかは食べたい常連向け」コースを組んでもらった。

さてメニューに移ろう。この日は牛タンと大根の煮込みが突き出し……だが、いきなりタンが分厚い。しかも、焼肉店のタンの煮込みと言えば、焼き物では使えないタン先と相場が決まっているが、焼き物にできそうな部位の分厚い切り落としが煮込まれている。心地いい弾力を感じて、あごに少し力を入れると肉の繊維がほぐれる。

焼肉といえば無条件で頼みたいキムチ&ナムル盛り合わせも、一般的な素材に加えて、エゴマのキムチやナスのナムルなど気の利いた材料も盛り込まれている。心がくすぐられる心憎い素材選びだ。

そしてハイライトはいきなり訪れた。

差し出されたのは国産ハラミ、厚切りタン、ネックにタン下(シタ)という塩肉の盛り合わせ。焼く順は「お好みで」。ただし「厚切りタンはこちらで焼きます。先に純胡椒を一粒噛んでひと切れ。もうひと切れはすだちを絞って」とサジェストをもらったので、味の濃いネックとハラミを後ろに回して、まずは左手前のタン下から焼くことに。

続いて厚切りタンを網に載せたら、後はお任せ。厚切りを人任せにするのは結構久しぶり。人の焼きは楽しい。

そして林さん、思ったよりも早く網から引き上げ、皿の上での余熱を長目に取った。カットした断面はレアの佇まい。人の焼きは自分では届かない領域を見せてくれる。

まずは純胡椒をひと噛み。純胡椒は生のグリーンペッパーを塩水で漬け込んだもの。噛むと黒胡椒の塩漬けより清々しい香りが口内から鼻へと抜けたところに、タンをひと切れ放り込む。USのタンは味が濃い一方で熟れた匂いがすることがある。が、先に純胡椒が入っているとその匂いが消える。いい黒毛和牛のタンのような味になるのだ。これはいい!
そして超希少なオリーブ牛のハラミへと進む。適度なサシの塩梅が実にいい。赤身肉の濃厚な味わいをサシがきっちり膨らませる。それでいて少しも脂臭くない。世の中のハラミがみんなこうだったらいいのに!

ここで気になっていたアルコール度数12度の限定マッコリ(ギョンダクシュ)を注文。マッコリにしてはアルコールが強くキレがいい。炭酸で割ると、ますます切れ味が増し、サシ感の強い肉の脂もばっちり切ってくれる。
ここで林さん、テールを取り出した。テールは骨が入り組んでいて、切り出すのが面倒な部位だ。もともとは冷凍を骨ごとスライサーでぶった切る店しかなかったのだが、近年焼肉カットで出してくれる店が随分増えた。肉の味も脂乗りもいい。ハラミよりも味が濃厚で個人的にも大好きな部位だ。しかも今日はテール一本から切り出している。
オリーブ牛の厚切りラム(ランプ)芯はこちらで焼いてカットのみお任せ。
気づけば他の卓もすべて満席になっていた。本日の仕上げのタレ焼肉は、オリーブ牛のミスジ(並カルビ)、矢澤牛のイチボ、ハラミスジという味も食感も違う肉の食べ比べ。
調味の組み合わせも豊富で、純胡椒の他に「レモスコ」(タバスコのレモン版)が添えられたり、青唐辛子も生、醤油漬け、ゆずポン酢など肉を爽快に食べるための幅広い工夫がある。

追加で締めのビビン冷麺を注文したら、カイノミの薄切り焼きを巻いて食べるという提案がなされた。文献で見た朝鮮料理での食べ方にも似ているが「知らなかった。そうなんですか?」と目を丸くしつつも、すかさずミノ、シマチョウ、マルチョウの味噌ホルモン3種が提供される。
続々と提供される“締め”に、喜び勇んで味噌ホルモンをじっくり焼き上げる。

すると、もう一枚オリーブ牛のサガリがトッピングのにんにくの醤油漬けとともに差し出された。いちいち、食べさせ方が心憎い。
そしていよいよ本当の締めは、テールベースのスープにムール貝などの海鮮をふんだんに入れた海鮮スンドゥブチゲ。それに五反田の焼肉バイト時代にまかないで食べていたという「ネギと辛味噌ごはん」。
来年開業10年目を迎える「えいた」は初心を忘れることなく、勉強と工夫を重ね、貪欲に新しい要素を取り込み続けて進化してきた。来年、近隣へ移転するという。店はどう変わるのか。そう聞いたら、林さんはにっこり微笑んで「広くなります。あと、藁」と答えた。移転を予定する1月までの現在地での営業も、新天地での試みもますます楽しみだ。
文・写真:松浦達也