
静岡・伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんが今回用意してくれたのは、地魚の本カマス。細長い魚なので、頭を残して見た目もバランスよく仕上げる“小田原開き”を教えてくれた。
「今年のゴールデンウィークは魚が少なくて干物づくりも大変でした。でも、今日は伊東市内の赤沢漁港の定置網漁で獲れた本カマスを用意できました!」
ちょっと嬉しそうに本カマス(アカカマス。以下、カマス)を見せてくれるのは「島源商店」の内田清隆さん。東京都江戸川区出身だけど、結婚を機に島源商店に入ってからは新たな地元である伊東とその海をこよなく愛している、我らが干物師匠だ。今回は僕たちのために地魚を準備してくれた。
島源商店は海辺にある。近くの海域で獲れた魚をさばいて干物にし、焼きたてを気の置けない仕事仲間とあれこれ言いながら食べる。干物に合いそうな酒も持ち寄った。こんな楽しい遊び、いや仕事はそうそうない。
カマスは細長いので頭を残して背開きにする。いわゆる小田原開きだ。腹開き、背開き、小田原開きは以前に教えてもらった(記事はこちら)けれど、あのときは開き方の違いを感じるためにすべてアジを使った。今回は本当の「長物」であるカマスがまな板の上にのった。本番だ。島源商店スタッフの鈴木幸治さんに教えてもらおう。
魚を縦に置く。包丁の先端でえらぶたを広げ、その付け根から尾まで切れ目を入れる。
手で広げながら背骨の向こう側まで包丁を入れて、手と包丁で身を押し開く。
血合いと浮袋を包丁の刃先でこそげ、内臓を取り外しやすくしておく。
えらぶたに指を入れて、えらごと内臓をかき出す。
魚が細長くても意外と簡単にできるけれど、プロの鈴木さんはスピードも美しさも圧倒的。センスと経験値以外に何が違うのだろうか。傍らで見ていた内田師匠がズバリ指摘してくれた。
「大宮さんは包丁を大きく使い過ぎです。僕たちは包丁の先端1センチぐらいしか使いません。だから、研ぎ過ぎて親指ぐらいに短くなってしまった包丁でも現役なんです」
包丁は大きく使うのが魚さばきのセオリーだと思っていたが、小さめの魚をスピーディにさばくときは違うらしい。包丁の刃を手で包むように持って、その先端だけ使うように意識するのだ。あ、確かに小回りがきくぞ。目元から近いところで作業するので、魚の身や骨のどのへんにどの角度で包丁が入っているのかを把握しやすい。指で魚をさばいているような感覚だ。これはすごい!
さばいたカマスを水できれいに洗ったら、あとは塩水に浸して干すだけ。
今回のカマスは冷凍ものの白身なので内田さんは「塩分濃度8%で12分間」と即断。問題は干し時間だ。
「今日は風がなくて湿度が高め。干物づくりには良くない条件ですね」
カラッとした天気で風があれば1時間もかからずに干し上がるが、この日は2時間半かけてもなかなか仕上がらなかった。このようにして外の温度、湿度、風を鋭敏に感じられるのも天日干しの面白さだと思う。
ようやく干し上がったものを皮目から焼く。僕は魚の下処理は好きだけど、料理ははっきり言って苦手だ。単に焼くだけでも、半生だったり焼きすぎだったりする。センスはないので明確な判断基準が欲しい。
「皮が焦げるぐらいが旨いのでしっかりと焼きましょう。ジューッという音が聞こえてきたら身の中にまで熱が入って水分が沸騰している合図です。ひっくり返して身側にも焦げ目をつけたら食べ頃です」
焼くことまできっちり教えてくれる内田さん。見るからに旨そう!日本酒好きの担当編集者・藤岡郷子さんが持ってきた「磯自慢 本醸造」を開けた。おおっ~、上品な白身ながらも塩がしっかりときいていて、磯自慢の爽やかな香りと味とピッタリだ。
「この取り合わせは、酒好きの公務員夫婦というイメージですね。2人とも堅実で穏やかで、細身でメガネをかけている!」
藤岡さんが楽しそうに妄想を膨らませている。焼きたての手づくり干物と地酒。そして、勝手気ままな会話。悪条件の天気などを忘れるぐらい爽快だった。
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎